7.刃

 意識が切り替わると、そこは遠い未来の廃墟のらしき場所だった。どんよりとした空を衝かんばかりのビルが立ち並び、その間を駅のコンコースのように広い地面が何層にもわたって繋いでいる。


『聞こえる?』


『ああ』


『ごめん、キミの名前、聞いてなかったね』


『……葦原トウヤ』


『んじゃトーヤ君か。あらためてよろしく。あたしのことはミレイでいいから』


『ん、よろしく』


 本来は現実空間ですべき自己紹介を思考で終えると、俺は歩き始めた。壁に大穴の空いたビルを出て、そこから伸びる機械的な地面を進んでいく。これまで栖先輩とトレーニングしてきた中世ファンタジー風の世界観とは全く違う。


『なんかやってみたいこと、ある?』


 どうしたものか。赤坂先輩の意識データから演舞や型などは少しだけ習っていたし、模擬戦闘も雑魚を相手に繰り返していた。


 それなら――。途端に心拍数が上がるのを感じる。想像した。ボスエネミーとの戦闘。それはまだ経験がない。


『でかいやつ、ボスと戦ってみたい』


『お、いいねえ。それくらいじゃなきゃ』


『このエリア、どこに行けば……』


『あー、いーよ。今から』


 その言葉を言い終わると同時に、200m程前方の地面を突き破って、工業機械を継ぎ足したような巨大なエネミーが現れた。両手には回転するチェーンソーのようなものが付いている。


『やれる?ビビってる?』


『やる』


 そう言って右足を軸に一気に加速し、距離を詰めようとする。だがいつもと何か感覚が違う。地面を蹴っていると言うより、空を蹴っているような感覚。


『弱点はわかりやすくしといたから』


 両手を広げる。即座に双剣が生成された。


 エネミーとの距離は50m。チェーンソーの長さを考えれば、もうすぐ敵の間合いだ。俺は機械の胸の部分で光っているコアと思われる部分に向かって、双剣を一本ずつ投擲する。一本はかろうじて刺さったが、すぐに抜け落ちてしまった。ダメージはおそらくない。


 敵の攻撃が来た。右手の巨大なチェーンソーが振り下ろされる。横にステップを踏んで避けようとするが、それでは避けきれない。


『いいよ、そのままやって』


 ミレイの声がする。


 怪訝に思いながらも、俺は声に従って横に跳ぶ。真横に飛んだつもりが、振り下ろされたチェーンソーに対して鋭角を取るように跳躍していた。


『なんだよ!これ!』


『いいからそのまま、好きなように、思うように暴れちゃえ!』


 真っ先に思い浮かんだのは、配信者の日比谷エリスの動きだった。空間を自由自在に跳躍する、彼女のプレイスタイル。


 数瞬のうちに思考を巡らせ、足裏に意識を集中させる。何かが集まってくるような感覚ととともに、強い反発力を感じた。思い切り踏み込む。


 空間を跳躍した俺はそのままもう片方のチェーンソーのところまで飛んで行く。そちらはまだ振り上げられていない。


 右手を広げる。その手に一振りの日本刀が生成された。敵の正面を横切るように跳んでいた俺は、空中で姿勢を変えると思い切り前方に跳躍して方向転換し、刀を正面に構えてエネミーの左肘を目掛けて突っ込んで行った。


 そして重い金属製のそれを、左上から右斜下に向かって袈裟に斬る。左腕が肘から切断され、チェーンソーが落下していく。


 俺は前方の空間を蹴って後ろに跳び、一気に距離を取った。


『ひゅー。やるねえ』


『すごいな、えっと、ミレイ』


『いやいや、トーヤ君の適性がハンパないんだって』


『ところでこの刀、強化できるか?』


『それでトドメを?』


『そうしたい』


『コアを狙うなら……あいわかった。概念分子間引力を引き剥がすコードを付けたよん。分子同士を強制的に切り離す力だから、何でも斬れる』


『ありがとう、助かる』


 俺は刀身を顔の横で倒し、姿勢を低く構える。右足を後ろに、左足を前に。そのまま敵の隙を狙う。


 エネミーは残ったチェーンソーを薙ぎ払うように振り回しており、なかなかコア部分が露出しない。


 だが焦るな。は必ず来る。


 そして薙ぎ払い終わった腕を元の位置に戻そうと動き始めた瞬間、俺は地面を、空間を右足で蹴って加速した。


 鈍重なエネミーはその動きに付いて来られない。アバターは軌跡を残しながら一直線にコアへ向かう。そして流星のごとく空間を貫いた刀は、コアへと突き刺さる。


 バチバチとショートする機械音。エネミーはまだ完全に停止しておらず、残った腕を俺に向かってなおも振り下ろそうとしている。チェーンソーが今にも頬に触れそうだ。あの巨大な刃が触れれば、俺の顔など一瞬で抉り取られてしまうだろう。


 故に。


 刃を下にして突き刺さった刀を握り直し、一気に振り下ろす。ミレイの言っていた分子を切断する能力。それが発揮され、コアが真っ二つになり、発光が止まる。


 それだけにとどまらず、機械の下半身、そして足場になっていた地面すらも一息に斬り裂いてしまった。


 慌てて刀を持ったまま空間を何度も蹴って、近くのビルの屋上まで移動する。


 豪炎を上げながら爆散していくエネミーが見えた。


『おつおつー。たーのしかったあ』


 ミレイの声とともに身体が光に包まれていく。ダイブアウトのサインだ。

 そのまま俺の意識は現実空間へと帰っていく。

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