5.ここに来るまで
「俺さ、小さい頃から古武道やってて。とある流派の道場に通ってたんだ。そこで毎日、木刀振ったり型の稽古したりさ」
2Lのコーラをコップに注ぎながら、赤坂先輩が話す。
「高校1年くらいまで続けたんだけど、怪我で出来なくなっちまってさ。もう少しで結構なレベルの段位試験ってとこだった。それが悔しくて悔しくて」
栖先輩は茶々を入れずに静かに聞いている。
「何が言いたいかって言うとさ、俺は一つのことを究めたかったんだ。だからなんでゲームなのかって言われると自分でも上手く言えねえんだけど」
コーラを一口飲んで続ける。
「
少年のような輝いた目から一変、いつもの赤坂先輩の表情に戻った。
「だからさ、お前には思う存分やってほしいんだ。そのためなら俺らは協力は惜しまない。同じサークルの仲間だからな」
「……ありがとう、ございます」
一度は入部を断った自分を、それでも待っていてくれた理由がよくわかった。そして赤坂先輩が
「おい、俺が小っ恥ずかしい話ししたんだ。お前も話してやれよ」
「えー。ヒロトの後だと私なんてすっごいしょーもないっていうか」
「しょーもなくていいんだよ。理由と動機が何かが大事なんだ」
少し強めに言う赤坂先輩。栖先輩はウェーブの掛かった髪をくるくるといじりながら、何か考え込んでいる。前髪も長いせいか、整っているはずなのにボサボサな印象を受ける。
「私はさ、人間の心に興味があったわけ」
「それで心理学部に?」
「うん、そう。心の仕組みと構造に関心があった。それと同じくらい、意識を、心をプログラミングする技術である
Meta Neurological Describe Language、略してMNDL。メタ神経叙述言語。推定数千万という人の脳を解析し、その中から普遍性の高い神経伝達パターンを抜き出して、プログラミング言語のように扱えるようにパッケージングしたもの、らしい。世界でも先進的な技術であり、その成り立ちは一介の学生の理解の範疇には到底ない。
だがその成果物であるMNDL自体は、慣れれば普通のプログラミング言語と同じように扱うことができる。このレベルまで落とし込んだ研究者たちは本当にすごいと思う。
「ほんとにそうだよね。私もいくつか論文を読んだけど。もともとは医療用に開発が始まったものだったんだって。精神医療のために」
MNDLはコンピュータに働きかけるものではなく、意識に作用するものだ。だからそれが精神医療のために研究がは始まったというのは、合点がいく。
「だから最初はMNDLを勉強したくて、その分野で有名だったこの大学を受けたってわけ。そんで気がついたらここにいた」
へへっと笑う栖先輩。
「私だって
目を輝かせながら言う。
「だけどね……」
キャンディチョコを手に持ったまま、赤坂先輩の方に視線を遣る栖先輩。
「ああ。知っての通り俺達のIR適性は低かった。とてもじゃないが
潔く、言う。
「だけど俺達は期待してる。お前ならきっとエースとしてこのサークルを引っ張り上げてくれるってな。もちろん楽天的だって言われたら否定はできねえさ」
コーラを飲み干した赤坂先輩が、おかわりを注ぐ。
俺はと言えば、心が定まらないでいた。確信が持てないといった方が正しいか。自分の人生の意味が見つかるかも知れないという期待。自分の居場所が見つかるかも知れないという期待。
今感じている居心地の良さはなんだろうか。これが居場所というやつなのだろうか。これもいっときのものなのだろうか。
もやもやとネガティブ思考が渦巻き始めた、その時だった。
ぴしゃん、と勢いよく扉が開けられた。
「失礼しやーす!入部希望でーっす!」
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