4.今はまだ
走る。跳ぶ。物を掴む。投げる。剣を振る。大体の動作には慣れてきた。脳が思考した通りにアバターが動いてくれている感じがする。これも先輩達の言っていた適性の高さゆえなのだろうか。
『基礎練はそんな感じかなあ。もうちょっと先に敵が湧くエリアがあるから、また戦闘やってみる?』
『はい、お願いします』
フィールドは初めてダイブしたときと同じ湖水地帯。この前魔物に出会った街道をそのまま進んで、城下町の手前に広がる森に入った。緑の匂いと涼しさを感じる。
『この前はいきなりだったから、先に準備しとこっか。どんな武器が好き?』
『そう、ですね。双剣とか』
『いーじゃん。そしたら……ほい』
両手のひらにそれぞれ片刃の短剣が生成される。栖先輩が
ファイティングポーズのように両手の剣を構えながら、慎重に森の中を進んでいく。
すると木の上から人間サイズの魔物が現れた。手足の代わりに異常に長い触手が生えた猿のような不気味な見た目だ。
『大丈夫。落ち着いてやれば君ならいける』
距離を詰められる前に狙いを定めようとする。一気に飛び込んで心臓を貫くか?まずは邪魔な触手を切断するか?たぶん、あの触手の動きは速いはず。飛び込むスピードにはまだ自信がない。だったら。
『剣の予備、用意お願いします』
『おっけー。いくらでもどーぞ』
視界の中央に魔物を収めながら横に走る。俺が動き出したことで魔物も触手を動かし、俺を狙ってきた。その伸ばされた触手をかがんで間一髪交わすと、右手の剣を魔物の肩に向かって投げた。
それは矢のように真っすぐ飛び、俺を掴むか貫くかしようとした触手を肩から切り落とした。ギャアという叫びが響く。怒った魔物はさらにもう片方の触手を伸ばしてきた。
『剣の投擲……面白いこと考えるね、葦原クン』
俺は空になった右手を広げる。先輩が準備してくれていた新たな短剣が生成される。俺は腕をクロスさせて向かってきた触手を両手の剣で挟むと、そのまま鍔迫り合いの要領で一気に距離を詰める。
そして両手を開いて触手を弾き飛ばし、宙ぶらりんになったそれに向かって左手の剣を投げた。肘の辺りから触手が切断される。
俺はすぐに後ろへ跳躍すると、左手に剣を生成し、右足にぐっと力を込める。眼の前では魔物が触手を失って怒り狂っているが、攻撃の手段を失ってどうしようもない様子だ。
右足で地面を思い切り蹴り、駆け出した。瞬時に短剣の短い間合いに魔物が入るだろう。その一歩手前で俺は上に跳び、全体重を双剣に掛けてX字に魔物の胸を切り裂いた。
心臓は貫けなかったが、蓄積したダメージが上限を超えたらしく、魔物は塵になって消えていった。
『うおっほー。やっぱすっごいなあ』
栖先輩の感心した声が聞こえた。
ダイブアウトした俺は、部室中央のテーブルを赤坂先輩、栖先輩と囲んで雑談をしていた。テーブルの上には栖先輩が溜め込んでいるという菓子類と飲み物。
「やっぱお前のこと、連れてきてよかったよ」
確信に満ちた目で赤坂先輩が言う。いいえ、とか、そんなとか、謙遜の言葉を並べてしまう。今だって自分のアバターじゃなくて赤坂先輩のものを借りている身だ。たとえいくら扱いに長けていたとしても、恐縮してしまうのはしょうがない。新入りなのだから。
「私はもうずっと葦原クンに試されてる気分。気を抜くとすぐに制御域外れそうになるし」
テーブルの上にぐだっと手を伸ばして栖先輩が言う。制御域。プレイヤーとエンジニアのシンクロ限界であり、超えることはエンジニアが一切手出しできない状態になってしまうことを示す。
俺はどうやらそのギリギリのラインを綱渡りしているらしかった。
「すみません。負担かけてしまって」
「謝んないでよ。私も楽しんでやってんの、これでもね」
その言葉で少し胸が軽くなった。
「そう言えば先輩達はなんで
「ん?なんでって?」
「いや、ゲーム研究会っていうくらいだし、他にも色んなゲームやってるんじゃないかと思って」
PCゲーム、テレビゲーム、ボードゲーム、VRゲーム。色々ある、はずだ。
「それはまあ、最初に説明通り、一発逆転を狙ったってのもあるけどな」
赤坂先輩が遠い目をして言う。
「そうだな、俺達が
先輩はそう言うと語り始めた。
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