3.才能と居場所
1DKの部屋に帰ってきて、リビングのテーブルの横で大の字になる。本当に疲れた。肉体的にも、頭も、精神的にも。色々なことがありすぎた。
スマートフォンが2回、震えた。何かのアプリの通知だ。見ると動画アプリで予約しておいた配信がもうすぐ始まるという通知だった。好きな配信者のものだ。
荷物はそのままにしてノートPCの電源を入れる。ブラウザから動画サイトに飛んで、お知らせボタンからリンクをクリックした。配信待機画面が表示される。奇しくも、今日の内容は
待機画面からゲーム画面に切り替わった。プレイヤーである配信者、日比谷エリスの実況が始まる。彼女は顔出しこそしていないが、ソロプレイングの技術と特徴的な声で人気の配信者だった。かくいう俺もファンの一人だ。
『先週はお休みしちゃってごめんね。今日はその分も進めていこうと思うから、楽しんでってー!』
画面隅のコメント欄が勢いよく流れる。
今日は事前にアナウンスがあったが、PvEコンテンツのミッションをこなしていくそうだ。急いで冷蔵庫から飲み物を持ってくる。食事はさっきコンビニで買ってきたものを机の上に広げてあった。準備はできている。
画面には宇宙のような背景にいくつもキューブ状のオブジェクトが地面に突き刺さった光景が映し出されている。ゲーム研究会で俺がダイブした時に見たような牧歌的な風景は、初心者が最初に行くような場所だったのだ。
エリスがステージを進んでいくと、真っ黒な地面から平面の影に幾何学的な模様の付いた敵が五体、ぬっと現れた。さあ、始まる。俺は思わず力んでしまった。
彼女の戦闘の真骨頂は一対多。一人で多数を蹂躙するプレイスタイルにある。今は五対一。まさにその状況にある。
『よっしゃいくぞー!ついてこいよー!』
エリスは飛び上がると、空中を蹴って水平方向に向きを変えた。得物は両手に装着した手甲状のクロー。
周囲を取り囲むキューブ状のオブジェクトを蹴りながら、五体の敵の周りを猛スピードで飛び回る。エネミーは完全に追えていない。そうして思うままに翻弄すると、エリスは別のオブジェクトを蹴って軌道を変え、エネミー群の中に突っ込んだ。
そのまま両手のクローで秒間数十回というスピードで切りつけた。もちろんそれは目視できるスピードを超えている。配信を見ている誰にも、そしておそらくエネミーにすらも認識できていない。
そのままエネミーの一体が塵になって消えた。
残り四体。
再びエネミー群を囲う軌道に戻る。
『ちまちまやってもいーんだけど、もうちょっと見せ場がほしいよね!』
その言葉にざわつくコメント欄。彼らは、俺も含めて待っている。日比谷エリスの最大の必殺技を。
『もっともーっと盛り上がっていこうか!』
エリスの速度はどんどん上がっていき、その軌跡が光だりした。次第にエネミー達がその中心に引き寄せられ、固まっていく。
そして、エリスは円運動から一気に飛び上がり、エネミー達の直上に躍り出た。
『いっけえ!
光の円は円盤となって、エネミーたちを一気に押しつぶす。その威力は絶大で、敵性体の塵化プロセスも経ずに消滅させ、地面に半球形のクレーターを作った。
そのクレーターの縁に着地するエリス。
『あちゃー。みんなの応援のおかげでやりすぎちゃったかな。まあいっか』
MISSION COMPLETEの文字が右上に表示された。
『よっしゃ!んーでも早く終わりすぎちゃったな。みんなどうする?雑談か、この続きか、コメントちょーだい!』
コメント欄にアンケートが設置された。雑談と続行。締め切られてはいないが、続行のほうが多いようだった。
俺は先程までの観戦を集中しすぎていたせいか、昼間の疲れに上乗せしてかなり疲労していた。PCはつけたまま、また床に横になる。
天井のシーリングライトを見上げながら、昼間赤坂先輩達に言われたことを思い出していた。
(才能がある、か)
ゲームの才能。それは一昔前だったら尊重に値しないものとして掃き捨てられていたものだ。しかし今はeスポーツが世界的に競技として認められた時代。そしてその最先端をゆく
実感がない。実際にプレイしてみて、敵を倒してみて、あの不思議な時間感覚を味わってなお、自分に才能があるなんて信じられなかった。
俺には何も無い。何者でもない。何者にもなれない。そういう言葉を浴びて育ったから、そうなった。虚無感、無能感、そして意味のない人生。諦観。
でも、それでも、赤坂先輩や栖先輩の言うように自分に才能があるのなら、それは自分の居場所を作ってくれるのかもしれない。軽音楽部でギターが上手いと言われて、それをきっかけに交友関係が広がった、あの頃と同じで。
だったら、今くらいは信じてみても良いんじゃないか?新生活ならではの浮ついた感情なのかも知れないけど、そんな風に思った。
だから翌日、俺はゲーム研究会の部室を訪れた。
「来てくれると思ってたぞ」
「葦原クン……信じてた……」
二人は待ってくれていた。断った俺のことを。二度と現れないかもしれない俺のことを。
「あの、えっと、その」
上手く言葉が出てこない。色々な感情がないまぜになって、言葉が出るのを邪魔している。
「あの、俺、決めました」
二人は真剣な眼差しでこちらを見ている。
「入部、させてください」
そう言って頭を下げた。
「ありがとう、葦原」
「やっべ、私、泣きそう」
それぞれの反応を見せる先輩達。歓迎してくれているのは良く伝わってきた。
「これからよろしくな」
「はい!」
赤坂先輩が右手を差し出す。俺もそれに倣い、握手をする。赤坂先輩の手は思った以上にゴツくて、本当にスポーツか何かをやっていたかのようだった。
「私も!」
栖先輩も小さな手を出して、重ねる。
これでようやく始まった。そんな気がしていた。
「ふっふーん、やっと着いたぞ神原大学。あたしの才能を活かせる最高の
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