2.その片鱗
眼の前に現れたのは、中世を模した水辺の風景だった。石造りの街道に立っている。
『聞こえるー?』
『はい』
『お、初期コンタクトは問題なさそうだねえ。そのまま少し歩いてみようか』
頭の中に直接栖先輩の思考が声となって聞こえる。
俺はその声に従って、街道沿いを歩いていく。鳥の鳴き声、川のせせらぎ、陽光の温かさ。すべてを五感で感じている。これが
『わお、歩くのうまいねえ。ちょっと好きなように動き回ってみて』
好きなように。そう言われてもと思ったが、とりあえず走ってみることにした。走ることを意識すると、アバターとなった意識体が駆け出す。ちょうど遠くの方に街のようなものが見える。あそこまで行ってみよう。
もっと早く。もっと遠くへ。そう意識するとぐんぐん加速する。当然、肉体的な疲れは一切ない。みるみるうちに街が近づいてきた。
『ちょ、ちょ、ストーップ』
ダウナーな雰囲気が吹き飛び、本気で焦った様子の声が響く。急停止はできない。足に力を込めながらスピードを緩めて止まる。
『あっぶね。私の制御域超えちゃうとこだったよ。すごいね、君』
『すみません。なんかその、身体が軽くて』
『君、適性高いかもしれない。正確な数値は出てないけど、ヒロトよりずっと高いのは確か』
なんだか申し訳ない気持ちになってきた。でも今は楽しさの方が勝っている。少し歩いて走っただけでもこれだ。きっともっと自由に動き回れるのだろう。
ふと、街道沿いの森から人獣型の魔物らしきものが一体、現れた。人型の恐竜のような見た目をしている。
『やっべ、こんな時に。武器送るよ』
手の中に薄い緑の光が現れる。それを握りしめると、一振りの両刃の剣になった。
『い、いきなり戦うんですか!?』
『……がんばれ』
諦めたような口調でそう言う栖先輩。しょうがない。こうなったからにはやるしかない。やられても別に死ぬわけじゃないのはわかっているけれど、それでも緊張が高まる。
剣を両手で構える。戦い方なんて知らない。
魔物は右手の五指の爪を槍のように束ねて、こちらに凄い速さで迫ってきた。
(よく見ろ……よく見ろ…)
その瞬間、時間が止まった。正確にはそう感じた。まるでパラパラ漫画を一枚ずつバラバラにしたかのように魔物の動きがゆっくりと見える。俺は魔物の右手の更に右側に飛んで、爪を回避する。そのまま剣を振り下ろして右腕を形から切断した。
時間の流れが元に戻る。悲痛な咆哮を上げる魔物。勢い余って地面に刺さった剣を力ずくで引き抜くと、その反動で反対側に剣を倒し、悶える魔物を右肩から左腰に向かって袈裟斬りにする。
魔物はそのまま動かなくなり、しばらくすると黒い塵になって消えていった。
『……すげ……大丈夫……?』
栖先輩の声がする。
『さすがに、疲れ、ました』
『……だよね。ここまでにしとく?』
『はい。ありがとうございました』
『おけ。んじゃダイブアウトを』
再び視界が引っ張られるように歪んでいき、意識が途切れた。
はっと気がついた俺は、ゲーム研究会の端末に向かっていた。ダイブデバイスを被っている。隣を見る。デバイスを外しながら、栖先輩が信じられないものを見るような目で俺を見ている。
「どうだった?
後ろで腕組をして立っていた赤坂先輩が訊いてくる。
「すごく、楽しかったです」
「それはよかった。連れてきた甲斐があるってもんだ」
笑みを浮かべながら言った。
「で、ヒヨリ。彼の適性は」
「……A++……エンジニアとの相性次第では、もっとかも……」
「マジか」
「マジだよ。とんでもない逸材だよ!」
栖先輩が大きな声を出す。ランクの詳しいことは良くわからないが、俺のIR適性がどうやら二人より高いことは確かなようだった。
「名前、聞いてなかったな。教えてくれるか?」
「
「葦原君か」
噛みしめるように俺の名前を復唱した後、赤坂先輩は言った。
「改めて勧誘させてほしい。このゲーム研究会に入ってくれないか」
俺は逡巡した。確かに
それは俺を呪う俺自身の言葉だ。社会に出て役に立て。役割を担え。それがお前の求める人生の意味ってやつだ、と。
赤坂先輩と栖先輩を見た。二人とも今はこのサークルでまったりしているのかもしれないけれど、時が来ればここを去り、社会に出て、役割を担い、自分の人生に意味を見出すんだ。
激しい葛藤が俺を襲う。
ここは俺の居場所になるかもしれない。でもここにいたら人生の意味は見つからないかもしれない。
今までだってそうだった。あれだけ熱中したバンド活動もあっさり捨てた。そこで生まれた人との縁も簡単に切れてしまった。
俺には今ここを楽しむことができない。
だから。
「すみません。せっかくプレイさせてもらったんですけど、やっぱり……」
「そうか……まあ、気にするな。どこに属するか、何をするか、それは個人の自由だ。大学はそういうところだからな」
俺は椅子から立ち上がると、荷物を持って出入り口に向かった。
「だがお前には間違いなく才能がある。それだけは覚えておいてほしい」
「はい」
赤坂先輩の言葉を背中に受け、小さく返事をしながら、俺は部室を後にした。
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