第3話 密室


 §1 エスカレート

 コーヒーを飲む少女の絵は、一月ほどで仕上がった。叔父さんは満足していた。いつになく、口は軽かった。

「今度は、Yちゃんの若い姿態を描いてみたいな。Yちゃんにも、いい記念になると思うよ」

 叔父さんから、新しい要求があった。


「姿態って。もしかして、あなた、ヌードになったの?」

 女性の相談員の声の調子が変わった。

 Yは、最初キャミソールが用意されていたが、次第にブラジャーとパンティだけにされた、と話した。


「気を付けなさいよ。叔父さんって言っても、男よ。そんな恰好かっこうでふたりだけになるなんて、不用心すぎるわ」

 相談員に叱られた。

 言われまでもないことだった。

「あなたねえ、自分の気持ちをはっきり伝えなきゃだめよ。そういう目的で近づいてくる自称・画家やカメラマンが多いのよ」

 前にも、同じことを女性の相談員から聞かされていた。


 §2 デート

 男子生徒から再度、呼び出しがあった。

 初回と同じように、屋上で待っていた。早くから来ていたのか、折からの雨が男子生徒の学生服を濡らしていた。Yはその愚直さに好意を覚えた。学生服の雨粒を払ってやりながら、軒下に誘った。

「もう一度だけお願いしていい?」

 表情が強張こわばっていた。


「この前もね、日曜なら空いていたのよ」

 映画に行くことを了承すると、男子生徒は両の拳を握りしめた。


 名前をSという。Sは映画のチケットを二枚買っていた。

 Yにとって映画は退屈だった。Sはもじもじ、しっぱなしだった。何度かSの手がYの手に触れた。そのたびに、Sは急いで手を引っ込めた。


 映画の次は、近くのカレーショップに行った。

 Sは映画に出てきた列車の車両について語った。詳しかった。映画のストーリーや俳優の話になると、Yがほとんど映画を見ていなかったことがバレてしまうので、質問を交えてSの話を聞いていた。


「なんで、山を登ってた電車がバックしたの?」

「あれがスイッチバック方式さ。一気に登れない山などは、途中でバックして勢いをつけて登っていくのさ」

 Sは掌を下に向け、加速をつけて列車が登る様子を説明した。

「今度、ボクの家においでよ。列車のプラモデルがいっぱいあるよ」

 Sは上気していた。


 §3 寝台特急

 その日、Sの両親は出かけていた。

 Sは駅まで迎えに来ていた。Sの家は閑静な住宅街にあった。道すがら、Sは鉄道の旅の魅力を語っていた。


 Sの本棚は鉄道関連の本や雑誌であふれていた。部屋中に列車の模型が置いてあった。さらに壁沿いにレールが敷かれ、Sが青色の列車模型を乗せると、ゆっくり動き出した。

「ブルトレ、ブルートレインだよ。二〇一五年に廃止になった寝台特急さ。今は後継としてサンライズが運行しているだけだよ」


 Yは部屋をめぐるブルトレを眺めていた。鉄道の話をしていたSが静かになった。後ろを振り向こうとした時、Sに抱きすくめられていた。

「キスしてもいい?」

 Sは抱きついたまま言った。Yはあらがわなかった。


 二度目にSを訪ねると、Sは待ちかねていたかのようにYを抱き、服を脱がしていった。


 Yには大した感慨はなかった。

(あの人も、こうして男と交わり、私が生まれたのだ)

 やせぎすの母の裸体が、脳裏から消えなかった。


 §4 拒絶

「うまく描けないなあ」

 叔父さんは、頭をきむしった。

「肝心なところのラインが分からない」

 叔父さんはアトリエの中を右往左往している。

「いっそ、邪魔な物を取り払ってみよう」

 叔父さんはYのブラジャーとパンティを指さした。


 次回から、一糸まとわぬ姿が当たり前になった。

 Yがしり込みしていると、叔父さんの目が険しくなる。体調の悪い時でも、叔父さんは配慮してくれなかった。アトリエを汚すことを恐れたが、叔父さんは自然のままを指示した。


 電話の向こうで、ため息が聞こえた。

「あの時は脱ぐのを断ること、できないの?」

 女性相談員らしい理解を示した。


 叔父さんに、それとなく話を持ち出したことはあった。

「要はモデル辞めたいってこと。Yちゃんにはこれまでもいろいろ面倒見てきたし、弟の高校進学だってあるでしょ。ボクとしても、Yちゃんたちのママがお金で苦労しているのを、黙って見てられないのよ。Yちゃんたち、行きたければ大学だって行かしてあげるよ」

 話がママのことに及び、Yは涙があふれてきた。叔父さんはそっとYの肩を抱いた。顔を上に向けられ、叔父さんの唇がYのそれに重ね合わされた。


「あなたと叔父さんのこと、叔母さんやお母さんは気づいているの? 単なるモデルと画家の関係じゃなくなったのよ」

 相談員の口調がきつくなった。

「知らないと思います」


 とは答えたものの、Yは確たる自信がなかった。それに、二人の知るところとなれば、Yだって女として、責められるだろう。三つどもえ、四つ巴の争いとなる。一族は散り散りになるに違いない。

「そのうち、男は最後の一線を越えてくるものなのよ。あなたは拒み通せるの。まだ、高校生でしょ」

 Yには何がなんだか分からなくなってきた。

 た。 

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