第2話 好き嫌い


 §1 タイムアップ

 叔父さんの申し出に、ママも、話を取り持ってくれた叔母さんも、胸をなでおろしていた。しかし、Yは素直に好意を受け入れられなかった。

「私、小さい時から、叔父さんが苦手だったのです」

 相談員は意外なことを聞いた、という感じだった。

「ほう。よかったら、もう少し詳しく話していただけませんか」


 叔父さんはことさら、Yの容姿をめた。

「この子は美人になるよ」

 そんなことを聞かされて育った。小学校に入っても、頬ずりしてきた。ママと叔母さんは、黙って叔父さんを見ていた。

 叔母さんたちは幼子を亡くした。葬式で叔父さんは棺にすがって泣いた。Yを可愛がる叔父さんの心境が、ママたちには痛いほど理解できたのだろう。

 しかし、Yはそんな叔父さんが次第にウザくなっていた。


「今日は私の話、聴いてくださってありがとうございます。そろそろ、ママ、帰ってくるから」

 Yはずっと、話していたかった。

「叔父さんはあなたが可愛くて仕方ないのでしょうね。でも、あなたは叔父さんが苦手。難しいですね。徐々に関係が変わっていくといいですよね。また、何かあったら、お電話くださいね」

 相談員はふつう、先に受話器を置かない。Yが電話を切るのを、待っているみたいだった。


 §2 告白

 昼休みに廊下で、隣のクラスの男子生徒に呼び止められた。

「Yさん。今日の放課後、屋上で話したいことあるんだけど」

 こんなことは初めてだった。


 男子生徒の間では

「可愛くない」

「理屈っぽくて面白くない」

 などと嫌われ者になっていることは、分かっていた。ただ、今回だけは、どこか思いつめたような、真剣な表情だった。

(あの子も、何か聴いてほしいことがあるのかな)

 Yは、そんなことを考えながら、屋上のドアを押した。


 男子生徒は屋上の手すりに両手を置き、遠方に目をやっていた。私鉄の駅を各駅停車が発車したところだった。

「高一の時から、ずっと、好きだった。付き合って欲しい」

 男子生徒は振り向くなり、言った。

 Yは慌てた。予期していない言葉だった。

「今度の土曜、映画に行かない?」

 男子生徒の顔が見る間に赤くなった。


「ごめんね。土曜はアルバイトがあるのよ」

 Yはそれだけ伝えた。

 男子生徒は重い鉄の扉を開けた。肩を落とし、下を向いていた。


(日曜なら、空いていたのに)

 屋上に一人たたずんでいて、少し後悔の念が起きた。


 §3 アトリエ

 電話に出たのは中年女性だった。

 手みじかに、叔父さんの援助で高校に進学したことまで話した。

「そうお。大変な思いしてきたのね。でも、親切な叔父さんがいて、本当によかったね」

 誰もがそう言ってくれる。今日の相談を持ち出すのに勇気がった。

「私ね、バイトしてるんです」

「あら、そう」


 高校に入り、時折、叔母さんの家に立ち寄るようになった。

 叔母さんはケーキを出し、高校の様子などを訊(き)いてきた。

「すごく楽しそうじゃない」

 叔母さんは喜んでいた。Yの言ったことは作り話だった。


 叔父さんが仕事から帰ってきた。

 叔母さんはYの高校生活の様子を報告していた。遅くなったので、叔父さんがクルマで送ってくれた。叔父さんはフェラーリを上手に運転しながら、何気なく、Yに話しかけてきた。

「おばちゃんとも相談してたんだけどさあ、昔やってた絵をまた描きたくなってね。Yちゃんにモデルを頼もうかと思ってるんだよ。もちろん、モデル料は出すよ」


 §4 アマチュア画家

 叔父さんと二人切りになるのはイヤだった。クルマに二人で乗っていても、会話に困った。

 勤めに出ているママのことが浮かんできた。バイト代が入れば、家に入れることもできるし、買いたい物もあった。


(モデルなら、話をしなくてもいいのと違うかな)

 あれこれ考えているうちに、クルマは自宅アパートに着いた。結局、はっきりした意思表示はできなかった。


 土曜の朝、叔父さんは迎えに来た。

 都心に購入していたマンションの部屋を片付け、アトリエにしていた。

「いやあ、叔母ちゃんが三日がかりで整理してくれてね。なんとかアトリエっぽくはなったけど」

 叔父さんはコーヒーをれながら、話した。


「Yちゃんの、そのコーヒー飲んでるところ、いいねえ」

 叔父さんはスケッチブックを取り出した。


 アトリエの叔父さんは、いつもの叔父さんではなかった。筆を持つと、人が変わったようになった。部屋に緊張感が漂う。

 YはNOと言えなかったことを後悔し始めていた。

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