世界の終わりに特に何も起きない

たんぼの邪神

世界の終わりに特に何も起きない

 あと数日以内に世界が滅びる。

 それに全人類が気づいたのは突然のことだった。

 隕石が降ってくるとか戦争が始まっただとかそんなんじゃない、なんで滅びてしまうかなんて皆目見当もつかない。でも絶対にそうなるという確信があった。

 でもそれがバレたらおかしいやつ扱いされると思ったから、みんな嘘だ与太話だと誤魔化して、日常のままに終わりまでのカウントダウンを過ごしていたんだ。

 

 そして自分もそのうちの一人だった。

 友達と別れた帰り道。学校で散々世界の終わりをネタにして笑ってた俺は一人焦っていた。

 死にたくない。世界が終わるなんてまっぴらごめんで今の日常がずっと続くと思っていたから。

 だけど俺みたいなただの子供になにかできるなんて思えないし、かといって残された時間で終活なんてしたらそれこそ痛いやつだと思われる。

 なにもできないしする気もない俺に歩くスピードと共に焦る気持ちだけが積み重なっていっていく。そんなときだった。

 

「やぁ人間くん。調子はどうだい?」

 ふと瞬きをした瞬間、目の前に人がいきなり現れた。

 この時間の場所はたいした人通りもなく、見通しも決して悪いわけじゃない。

 だから正面から人が歩いてきてるなら気づかないわけがなかった。

 だけどそいつは気が付いたら俺の目の前にいた。

「えっ、誰?」

「誰って俺だよ俺、ホルンだよ。ホルンホテプ。」

「いや初対面、ですよね……?」

 ホルンホテプと名乗る男はずっと前からの知り合いだったかのように馴れ馴れしく話しかけてくる。

「俺のこと知らないのかよー。まぁ別にいっか。」

 よくない、お前がよかったとしても俺はよくない。

 というかこの男はなんなんだ。いったい何しに現れて、いったい何のために話しかけてきた。

 いきなり現れた辺り普通の人間ではないよな。となるともしかして世界が終わるのと何か関係があったりでもするのか?世界が終わるのに理由がないなんてありえないし、目の前の男が原因とかってなら非科学的だけど納得できる。ずっと焦りと不安だらけだった俺はもうそんなのでいいから納得したかった。

「違うよ?」

 黙りこくって考えていた俺の思考を読むように彼は否定する。

「俺そういうのじゃないよ。そもそもこの世界とは何の関係もない。」

「それに用なんて特にないから。ただ人間くんの前に現れてみただけ。なんの意味もない。」

 用も意味もないという言葉に思わず固まる。じゃあなんだ、俺の前に現れたのは偶然だとでもいうつもりなのか。この世界を、俺を、助けてくれるとかじゃないのか。

 どう見ても普通の思考ではなかったが初対面の男への激情はどんどん飛躍していき、戸惑いはあっという間に憎悪に塗り替えられていく。

 ホルンホテプに世界を救う力があるかすらも俺には全くわからないはずなのに。

「あーでも人間くん1人を逃がすことならできたかも?と言っても今回は無理だけど。」

 その言葉が決定打になった。

「ふざけるなっ!」

 俺はホルンホテプの首に手をかけた。彼は抵抗する素振りすら見せず変わらずヘラヘラと笑っている。

 その顔にさらに苛立ちを覚えた俺は手に力を込め同性にしては少し細いその首を段々と絞めていく。

 流石に苦しくなってきたのか呼吸音が徐々に掠れていく。

 なのにヘラヘラとした笑顔は一向に崩れない、まるでこんなこと慣れているかのように。

 首を絞め始めてどれほど経っただろう。きっとよくて数十秒とかのはずだ。しかし喧嘩すらマトモにした事の無い俺にとっては何倍にも感じられて、その間に少し頭が冷えた。

 冷えてしまった。自分のやっていることがどれだけおかしいことなのか気づいてしまった。

 八つ当たりもいいところだ。そもそも俺はコイツとは初対面で何も知らないのだ。そもそも本当に人間じゃないのかすらもわからない。人の姿をしているのだから普通に考えればただ変な言動をしているだけの人の可能性の方がよっぽど有り得るはずだった。

 一気に顔が青ざめていく。まだ死んではいないはずだ。そう念じながら慌てて手を離して後ずさる。

 しかし現実は非常だった。手が離れ、支えを失ったホルンホテプはそのままぱたりとコンクリートの地面に倒れ伏した。

「ち、ちがっ、俺そんなつもりじゃ。」

「じゃあどういうつもりだったの?」

 震えて立ち尽くしていた俺に後ろから声がかかる。

 その声はさっきまで目の前で喋っていた男の声だった。いやさっきより高い声に聞こえるが同じ存在から発せられている。それは何故か理解出来てしまった。

 そいつは、ホルンホテプは今俺が殺したはずなのに。

 振り向いた先には今殺したはずの男と同じ顔の女がヘラヘラと笑っていた。

「なっなんで。」

「なんでって言われてもなー。死んだから生まれ直したってだけだからなぁ。あっ死体のことなら気にしなくてももう消えてるから安心していいよ。それとも性別変わったから驚いてる?こればかりは俺も選べないんだよねぇ。」

 女はそんなことを言ってくる。

 やっぱり人間じゃあないんじゃないか。

「で、どんなつもりだったの?俺を殺して血でも飲むつもりだった?でもごめんね、俺はそういうタイプじゃないんだよ。そもそも生まれ直したら死体消えちゃうし。」

 どう答えるべきなのか俺にはわからなかった。正直に言って許しを乞うべきなのか、それとも嘘をついて誤魔化すべきなのか。

「それは、その。」

「もしかして怒ってると思われてる?そんな怯えなくても俺は別に気にしてないし、人間くんが想像してるようなことは今回もできないよ。」

「でも人間くんは運がいいよ。今回は違ったけど人間くんが想像してる通りのことをするときもあるしね。」

「でも人間くんは運が悪かったね。今回も俺はこの世界を救う気も人間くんを助ける気もないし、そんな力も前回と同じくないんだ。知らなかったとはいえせっかくできたチャンスが無意味に終わったのには少しだけ同情するかなー。」

 同情すると言いながらもその顔は相変わらずヘラヘラと笑っている。

 じゃあ俺は死ぬしかないのか?嫌だ、死にたくない、死にたくないのにどうしようもないっていうのか。

 俺はただ日常が続いて欲しかっただけなのになんでこんなことになっているんだ。

 なんで目の前の女は全てわかっていて、そしてそのせいで俺に1度殺されまでしたはずなのに笑ってられるんだ。

 いや違う。なんでこの女はいつも通りなんだ?

「お前世界が終わるのが怖くないのか?死ぬのが怖くないのか!?」

 俺は泣き叫ぶように問い詰める。

 しかしその決死の問いかけすらもら変わらぬ顔で彼女はあっさりと答えた。

「別に?世界が終わっても巻き込まれて死ぬだけだし。俺にとってはさっき人間くんに殺されたのとなんの違いもないよ。」

「それに人間くんは俺に救って欲しいみたいだけど、さっきも言ったように今回の俺はそういう気分じゃないんだ。だからなにか期待してるなら諦めた方がいいと思うなー、俺そろそろ人間くんと話すの飽きてきたし。」

 なんだそれ、なんだよそれ、なんなんだよそれは!!!

 ふざけてるのか?それとも頭がおかしいのか?世界が終わったら生まれ直すもクソもないだろ!

 なんでお前はずっとヘラヘラと笑ってられるんだよ!

「じゃあね人間くん。次会うときは人間くんかもしくは他の誰かがこの世界の終わりをどうにかしたときだ。まぁその次があるかなんてのは俺が知った話じゃないけどね。」

 ホルンホテプに振り回されすっかりぐちゃぐちゃになった顔の俺を彼女は全く気にすることなく背を向ける。

「ま、待ってくれ!俺はまだ死にたくない!助けてくれよ!できるんだろ!?」

 俺はぐちゃぐちゃになった顔をさらにぐちゃぐちゃにしながら彼女に手を伸ばして呼び止めようとする。

 だがその叫びが彼女に届くことはない。

 ホルンはどこかに遊びに向かうかのような軽い足取りで遠ざかっていき、そのまま赤信号の横断歩道に踏み出して、通りがかったトラックにあっさりと撥ねられる。

 さっきまで話していた場所とは違いここは人通りもそれなりにある場所だ。血と共に人々の悲鳴が響き渡る。

 俺は彼女を追いかけながらもその光景を眺めることしかできなかった。

 そうしてホルンホテプは俺の前から姿を消した。

 世界が終わろうとする中、1人の人間じゃないナニカと出会ったところで何も変わらなかった。

 世界が終わるのは決定事項で、その終わりは避けられない。

 だって誰も止めないし止められないから。

 だから俺は今までの日常を続けることしか出来ない。

 この話をこうしてひっそり書き留めたところで世界が終わったらもう読む人もいない。

 あっもう時間切れだ______

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