アメちょーだい
「ねえ、アメちょーだい」
深夜一時を過ぎた頃、街灯もないいなか道を歩いていると背後から不意に声を掛けられた。声の主はどうやら子供であるらしく、発せられた声は異様なほどの無邪気さに満ちていた。
「ごめん、飴は持ってな……」
俺は思わず発してしまった返事を途中で呑み込んだ。
こんな時間に子供が外を彷徨いている筈がない……
俺はもう数時間は独りでこの辺鄙な道を歩き続けており、その間に子供はおろかただの一人の人間とすれ違うことすらなく、人間の存在を感じさせられたのは数台の車が横をすり抜けていったことのみだった。
そんな状況で背後から子供が現れる筈はない……
意識した瞬間、背筋に冷たいモノが走った。
「ねえ、聞こえてるんでしょ? 早くアメちょーだい」
再び発せられたその声はやはり無邪気だったがどこか言い様のない冷たさを感じた。
「ちょーだい、ちょーだい、ちょーだい、ちょーだい」
「……ご、ごめん。飴は持ってないんだ」
だんだんと大きくなったそのおねだりに対して俺は恐怖を感じ、答えると共に走り出した。
「ちょーだい、ちょーだい、ちょーだい、ちょーだい」
その声は俺の背後にぴったりと張り付くようにしてひたすら繰り返された。
数分か或いは数時間か、時間の感覚がなくなるほどの恐怖から逃げたい一心で走り続けた俺の目にコンビニの灯りが飛び込んできた。
それは正しく救済の光だった。
既に足は棒のようになり息も絶え絶えになっていた俺は気力を振り絞りながら必死で走ってコンビニの店内へと逃げ込み、大声で叫んだ。
「すみません飴ください」
深夜という時間帯故かレジの裏で休憩していたと思われる店員は驚きつつも俺に飴が陳列されている場所を教えた。
俺は幾つかの飴の袋を手にとると急いで会計を済ませて店の外に出た。
そして、尚も聞こえ続けている声に対して答えた。
「これ全部やるからもう勘弁してくれ」
手にした飴の袋を放り投げながら言葉を発すると同時に背後からの声は聞こえなくなり、辺りは静寂に包まれた。
俺の声が聞こえたのか店員が外に出てきた。
そして、俺を見ながらこう言った。
「大丈夫ですか? 疲れているんじゃないでか?」
「ええ……たぶん、いまさっきまで憑かれていました」
店員の問い掛けに答えた俺は改めて店内に入って買い物をし、イートインコーナーで夜明けを待つことにした。
暫くして朝陽が射し始めた頃、俺は店の外に出た。放り投げた筈の飴の袋は無くなっていた。
飴は野性動物が持っていったと言い聞かせながら再び歩み出した俺のバックパックには一袋の飴が入っていた。
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