闇を纏う瞬間(とき)

コツ、コツ、コツ、コツ……

 響く足音が暗闇に吸い込まれて消える。

 木々に覆われた山道は満月の夜に似つかわしくない程に暗く、心地好いほどに不気味だった。

コツ、コツ、コツ、コツ……

 人気のない山道に響く足音は一定のリズムで生み出されては瞬く間に消えることを繰り返した。まるで世界にはその足音以外に音が存在していないかの様な錯覚すら抱いてしまうほどの静けさがそこにあった。

コツ、コツ、ココツ、コ……

 不意にリズムが乱れ、足音がんだ。足音の消えた山道は一瞬にして無音に包まれ、辺りは暗闇と無音が支配した。

 それはまさしく暗闇と無音の世界だった。

 息苦しいほどの孤独感が胸を締め付けた。だがそれは決して暗闇や無音が原因ではなかった。

 暗闇と無音の中をただ一人歩んでいたその者は自らの視線の先にあるを視てしまった。を視た瞬間、その者は歩むのを止めた。

 伸ばした自らの手先を見通す事すらも儘ならない暗闇に浮かぶは黒かった。

 暗闇よりも更に暗い黒闇くらやみと呼ぶべき真の暗闇だった。

 数秒か、或いは数分か、立ちはだかる黒闇くらやみに近付くのを拒んでいたその者が暫くその場に立ち止まっていると、いつしか黒闇くらやみはそこから消えていた。

 その瞬間、その者は大きく息を吐き、そして吐いた分だけ大きく息を吸い込んだ。まるで数年ぶりに行われたかの様なその呼吸は清々しさに満ち、その者が抱いていた黒闇くらやみへの不安感を全て拭い去った。

 黒闇くらやみは知らぬ間に暗闇へと還り、次に足を踏み出した時、無音は有音へと変わる。

 その者はゆっくりと歩み出した。

 コツ、コツ、コツ、コツ……

 再び歩み出したその者は黒闇くらやみを身に纏っていた。

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