嘆遍醜 -即興散文小説-

貴音真

悪夢と女

「いかないで!」

 自らの発した声で目覚めた女は寝汗でぐっしょりと濡れたパジャマ代わりのスポーツウェアが肌にまとわり着く不快感によって自らの観ていたその夢が『悪夢』であると認識したが目覚める直前まで確かに観ていた筈のその夢の内容は全く思い出せなかった。

 ぬぐえぬ不快感と戦いながら布団の中で夢の内容を思い出そうとしていた女がふと枕元に置いてある目覚まし時計へ目をやると時刻は午前二時を回ったところだった。寝る前は特に意識していなかったがどうやら今夜は満月らしく女の部屋の窓際に掛けられた臙脂えんじ色のカーテンの向こうはいつになく明るかった。

 それから暫くして───

『悪夢』にうなされて目覚めた瞬間から不快感を与え続けていた寝汗が僅かに乾き始めた頃に女は再び微睡まどろみの中へと自らの意識が呑まれていくのを感じた。

 その時だった。

「この……が……の……だよ」

 夜明けまでまだ暫くの時間があるにも拘わらず散歩をしていると思われる男の喋り声がカーテンの向こうで響いたことで女の意識は否応なしに微睡まどろみからうつつへと引き戻された。

「本当に……が……なの?」

 はっきりとは聞き取れなかったがどうやら散歩をしているのは男だけではなく一組の男女カップルのようだった。男女カップルは女が暮らしている家について何かを語っていた。会話を聞き取れずともその内容が『悪態』であることが女にはわかった。

「……またか」

 ぽつりと呟いた女は気怠けだるげな動きで布団を出ると台所に向かい一本の出刃包丁を手にして裸足のままで玄関を飛び出した。

 数分後───

 女は静寂に包まれた部屋の中で再び布団に入った。

 女が着ているパジャマ代わりのスポーツウェアは相変わらず不快感を与え続けていたがそんなことは些末な問題に過ぎぬほどの爽快感をた女は間もなく眠りについた。

 そして女はまた悪夢にうなされる。

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