第14話 甘い躾

「え……じょ、冗談でしょ……?」


 ももは少し青ざめて後ずさるも、すでに片腕を圭一郎けいいちろうに捕らわれているので抵抗は無駄だった。

 圭一郎は捕らえた右腕をぐいと引き寄せて、桃の腰を抱え込む。


「!」


「……悪戯好きの小鳥にはお仕置きがいるだろう?」


「ふぁっ……!」


 耳元で甘く囁いてから、耳たぶを軽く喰む。

 桃は途端に体を強張らせて高い声で鳴いた。


「力を抜け。俺に身を委ねろ」


「だ、誰が……!冗談じゃないっ!」


 桃の虚勢はあまり意味を為さない。すでに圭一郎にその身を捕らわれてしまっているからだ。


「まったく……こんな野暮ったく結ぶなんて」


 言いながら圭一郎は桃の三つ編みの片方を解いた。艶やかな黒髪がパサリと頬にかかる。


「や……」


 桃は羞恥で身を捩りながら目を逸らす。だが、圭一郎はもちろんそれを許さない。


「俺を見ろ、桃」


「あ……」


 額を押し付けてその瞳を捕える。その頬を手で包めばしっとりと熱を帯び始めているのがわかった。


「うぅ……」


 恥ずかしさから桃が目を閉じてしまった。それは完全に圭一郎を煽る行為に他ならない。


 頬、耳の後ろ、次いで頸を撫で回す圭一郎の指先は、ついに下唇に到達していた。


「あっ……」


 何よりも柔らかいそれは、桃から甘い吐息を吐き出す。その香りに圭一郎は酔いしれていった。


「さて、どうしてやろうか……?」


 親指で桃の下唇を弄ぶ圭一郎は、だんだんとそれが紅く染まっていく様に興奮を覚える。

 何もかも忘れて、この唇を貪ったらどうなるのだろう。そんな衝動に駆られるけれども、目の前の小鳥は酷く震えており、圭一郎はここまでだと思った。


 最後に少しだけ、お前が欲しい。


「んっ……!」


 圭一郎の唇が、桃の口端を僅かに、掠るようになぞった。

 桃はそれだけで体から力をなくして、その場に崩れて膝をつく。


 圭一郎はその腰をゆっくりと支えたまま共に膝を折った。

 そのまま軽く抱き締める。

 だが、少し調子に乗りすぎたようだ。


「離せえ!!」


 桃は渾身の力で圭一郎を突き飛ばした。


「おっ──」


 それで圭一郎は桃から少し離れざるを得なくなる。


「はー、はー……」


 桃は顔を真っ赤に染めて肩で息をしていた。


「どうだった?初めてのオシオキは」


 圭一郎が揶揄うように聞くと、桃はキッと顔を上げて半べそで叫ぶ。


「変態!ロリコン!ばかばかばかぁ!」


 可愛い三連発をかます桃に、圭一郎は内心悶えながら顔では余裕の笑みを浮かべて言った。


「おいたをしたのは桃だからな。主人として、当然の躾だ」


「しつ……っ!」


 ちょっと言葉が強すぎたかな、と圭一郎は反省した。

 案の定、桃は勢いよく立ち上がって、部屋の隅からモップを持ち出して圭一郎の前で構える。


「がるるる!あたしにこれ以上近づいたらこれで殴るかんな!」


 がるる、ってお前マジで言ってんの?

 ああ、なんだか本当に愛おしい。

 天然に本性を曝け出してくれるのも嬉しくて仕方ない。


「わかったわかった。今日はこれで勘弁してやる。二度とするなよ」


 最初で最後のお仕置きかもしれない、と圭一郎はやり過ぎた自分を責めた。

 桃だってこんな目にあったらさすがに大人しくなるだろう、と思った。

 

 だが。


「次は絶対うまくやるからな!」


 マジか、この子は。

 もっと自分を大事にしろ。


 圭一郎は呆れて口が塞がらなかった。

 桃はこちらをずっと睨んでいる。


「そうか」


 圭一郎は肩で大きく息を吐いてから、わざとニヤリと笑ってみせた。


「楽しみにしている」


 捕らわれていくのは、果たしてどちらなのか──








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