第13話 罠にかかる小鳥

 夕方、自宅の屋敷に着く。

 車のドアを開けてくれた運転手の早川はやかわはにこにこ笑っていた。


「お疲れ様でございました、旦那様」


「うん、ありがとう」


「今日は何か大きな商談がまとまったので?」


「いや。何故そう思う?」


 圭一郎が小首を傾げて聞くと、早川は笑顔のままで答えた。


「いつにも増してスキップの足の高さが高かったので」


「!」


 嘘だろ、早川にも見抜かれてるじゃん!

 圭一郎はとにかく恥ずかしくなったが、その感情を押し殺す。友人の山内やまうちならまだしも、使用人には威厳を出さなければならない。


「そうか。あれだ、最近足周りの健康法を教わってな。なにせデスクワークばかりだから」


「ああ。左様でございましたか」


 どうやら誤魔化されてくれたようだ。


「……まあ、そういうことにしておきましょ」


 ──誤魔化されてくれてなかった。


「うむ。ではご苦労!」


 墓穴を掘る前に圭一郎は足早に早川の元を去った。

 そしてそのまま屋敷に入り、迎えてくれた執事長の富澤とみざわへの挨拶もそこそこに、自室へと真っ直ぐに向かった。



 


「ただいま」


 部屋に入って数歩の後に、ももが圭一郎に向かい合ってお辞儀をしていた。


「お帰りなさいませ、旦那様」


 お辞儀の後に顔を上げたその顔は、明らかに不機嫌で睨みをきかせている。

 どうやらあの冷たいポーカーフェイスはやめたようだ。

 いいぞ、その方が生きている感じがする。


 睨まれているのに喜びを感じているなんて、圭一郎は自分の感情が空恐ろしくなった。


「部屋の掃除は完璧か?」


 カバンをソファに置いて(桃は受け取ってくれなかった)、上着を脱ぎながら圭一郎が聞くと、桃は更に不機嫌な顔で言う。


「……先日磨き上げたばかりですから、特に何もしていません」


「なるほど。サボりか?」


「結果的には」


 悪びれる風もなく答える桃の態度が圭一郎は面白くて仕方ない。やはり、自分は桃が帰ってきた嬉しさでどうかしている。


「それで、今日は何をしていたんだ?」


「日中はここから出られないので、富澤さんに聞いたらこれを仰せつかりました」


 すると桃はソファの影から大量の布と針箱を引き摺り出して見せた。


「旦那様のベッドカバーをこの端切れで作るようにと。手縫いで!」


 最後の「手縫いで」の部分に、桃は憎しみを込めて顔を歪めながら言った。それも圭一郎からすれば小悪魔の微笑みだ。


「そうか。それはいい。さぞ時間がかかるだろう」


 富澤、グッジョブだ。圭一郎は込み上げる笑いを堪えきれない。


「くそ、調子に乗って全部喋らなきゃ良かった……」


 桃、今更気づいても遅いぞ。全く迂闊で可愛い。


 桃がぶつぶつ言う文句も、圭一郎には極上のBGMだ。圭一郎は鼻歌まじりにデスクを確認した。


「うん?」


 すぐに、その違和感を発見した。


「桃」


「な、何でございましょう。旦那様」


「会議資料、見たな?」


 圭一郎は別に責めるつもりで言った訳ではない。むしろ面白がって聞いたのだが、桃はわかりやすく動揺していた。


「ま、まっさかぁ!わたくしごときメイドが主人の重要書類を覗き見るなどある訳ございません!?」


「前科のあるお前に言われてもなあ……」


「だからあ!見てないってば!」


 あれか?一度捨てたポーカーフェイスはもう戻らないのか?

 白状しているにも等しい反応に、圭一郎の方も少し困惑した。


「デスクに置いた、この会議資料の入った封筒の上に髪の毛を一本置いておいたのだが、それが無くなっているが?」


「なっ……!そ、それは、あれです。デスクの上を拭いた時に落ちたんでございましょ!?」


「お前は今日掃除をサボったと言わなかったか?」


「うっ!!」


 惜しかったな、桃。圭一郎は勝利を確信して笑みが止まらない。

 そんな圭一郎に、桃は捨て台詞のような負け惜しみを浴びせた。


「ひ、卑怯だ!やり方が陰険だ!」


「産業スパイに言われたくないなあ」


 圭一郎はにこやかに笑いながら桃に近づいた。


「約束は覚えているな?」


「え?」


 桃の片腕をとって、圭一郎は笑顔のまま甘い声で囁いた。


「お仕置きの時間だ」








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