第12話 友人と閑話

 翌日、圭一郎けいいちろうは会社のデスクで項垂れていた。


「はあ……」


 大袈裟に溜息を吐いたのには理由がある。

 今日一日、通常の仕事を横に置いて茨村しむら組のことを調べたのに、ほとんどわからなかったからだ。


「末端の組が多すぎる……」


 さすがに関東一円を取り仕切る巨大裏組織だけあって、湊家系列の子会社との小競り合いや、取引先会社とのトラブルなどはそこそこ出てくるものの、どれも総長の茨村しむら雪之助ゆきのすけに届くことはなかった。


 調べがつくトラブルもけちな小金しか動かない、圭一郎にしてみれば日常のやり取りの範疇だ。

 父と違って潔癖な圭一郎は政界から少し距離を置いている。その事が今回に限っては禍いしてもいる。政治家方面から茨村組を辿ることができなくて圭一郎はお手上げ状態だった。


「あー……だめだこりゃ」


 圭一郎ががっくりとデスクに突っ伏していると、ノックの後、秘書の山内やまうちが入ってきた。


「社長。……失礼しました。お休みだったので?」


 おずおずとデスクに近づいてくる山内に、圭一郎は突っ伏したまま答える。


「まあな。疲れた……」


 この秘書とは大学時代からの付き合いだ。一学年下で当時から圭一郎を慕ってくれており、身元も実力も充分だったので卒業と同時に圭一郎が直々に入社させた。秘書に上げたのはつい最近だが、気心しれた仲なので圭一郎は快適に仕事が出来ている。


「あれ?社長!今日の決裁、全然終わってないじゃないですか!これの処理をおやりになったからお疲れなのではないんですか?」


「うん……ごめん」


「いやいやいや、ごめんで済んだら世話ないでしょうが!これとこれと、あとこれ!せめてこれだけでもお願いしますよ!」


「わかった……」


 ほぼ友人のような態度の秘書に甘えた声で答えてから、圭一郎はのろのろと起き上がって書類を読み始めた。

 その明らかにやる気のない様を見て山内は控えめに尋ねる。


「そんなになるまで今日は何をしてらしたんです?緊急の案件ですか?」


 秘書が知らない案件など本来はあってはならない。山内は手帳をめくって首を傾げていた。


「うん、ちょっと茨村組のことを調べていてな……」


「ええ!?ど、どど、どうかしたんですか?そそ、そんな大物と直々にトラブルでも……?」


 途端に山内は青くなって狼狽える。


「いや、会社とは関係ないんだ」


 圭一郎が短く答えると、山内はほっと胸を撫で下ろした。


「なあんだ、良かった。──てことは今日一日、仕事そっちのけでプライベートで悩んでたってことですか!?」


 器用に一人ツッコミで山内は圭一郎にずいと詰め寄った。青くなっていた顔が今度は赤くなっている。忙しいやつだ。


「て言うか、良くなくなくないでしょ!?プライベートでも我が社の社長がヤクザとトラブル抱えるなんてっ!」


「いや、その……茨村組と直接トラブルがあった訳ではなくて。孫娘がね……?」


「まごぉ?むすめぇ!?」


「とりあえず、落ち着こうか山内君……」


 秘書の剣幕に、圭一郎はついに洗いざらい説明するはめになった。こういう時、ほぼ友人だと言うことは心強いことだった。多分。




「ははあ……なるほど。例の婚約者が現れてたんですかぁ……」


「うん、そう。ごめんね?言わないで」


 山内にはももの話は学生時代からしている。その度に幼女趣味と揶揄われてもいた。


「それでここ最近は仕事も早いし、帰りも早い。帰る時なんかスキップ踏んでましたもんね、解せました」


「す、スキップなんか踏んでないよ!」


「ああ、お気づきになっていない?それはだいぶやばいですよ」


「ええー……」


 圭一郎は半信半疑だったが、山内にだけ感じ取られていた可能性に賭けた。会社中に気取られていたら恥ずかしくて社長室から出られない。


「なるほど。お話はわかりました。私に提案があります」


「うん?」


 そうして山内はまるで悪巧みでもするように、小声で圭一郎に話しかけた。


「私の知り合いにヤクザくずれの探偵がおります。痛風持ちの憎めないヤツで、そっちにも多少顔がききます。調べさせましょう」


「ほ、本当か!……でも、なんでそんな知り合いが?」


「社長が潔癖なのは存じ上げております。ですから不肖、このわたくしめが代わりに汚れる覚悟なのでございます」


 山内は恭しく礼をしてイタズラ小僧のように笑った。


「そうか、悪いな。ではよろしく頼む」


「御意!」


 山内が元気よく返事をした瞬間、終業のベルが鳴った。


「じゃあ、そういうことで今日は帰る!」


「えっ!?社長!決裁は!」


 圭一郎はそそくさと書類を鞄に詰めて急いで社長室を出た。


「出てますよ、スキップ!」


 遠くなるその声は、圭一郎には聞こえなかった。








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