第4話 *リアル鬼ごっこ
以前、テレビで『エイリアン3』を放映した次の日、映画好きの営業K君が始業間もなく私の仕事場にやってきた。
「見た、みた? エイリアン、面白かったよなぁ。
俺も一度はあんな命がけの追いかけっこやってみたいもんだぜぇ~」
若さなのか、朝からテンションの高い男である。
ちなみにこの『命がけの追いかけっこ』というのは、エイリアンを罠に掛けるために囚人たちがリレーで囮になる作戦のことだ。
アレを見て自分もやってみたいとワクワクするとは、冒険心を忘れないというか、怖いモノ知らずなのか、流石は男子といった感じか。
もちろん私は絶対にやりたくない派だ。
何が悲しくてそんな恐ろしい目に遭いに行かなくちゃいけないのか。たとえ大金を貰っても絶対にお断りである。
なのだが、そんな好ましくない状況を夢で体験した。
夢の中で私はどこかのデパートにいた。
何階かはわからないが、服や雑貨の売り場のようだった。フロア内のほとんどが商品を陳列した白いラックで区切られている。
ところで何故か私はこの時、このフロアに都市伝説の女が侵入して来ていると感じていた。
姿も見ていないのに何から情報を得たのか、どうして知っているのかわからない。
こういったところが脳の作用の不思議なのだが、当然私は心中穏やかでいられなくなった。
とにかくここから離れなければ。
しかしウロウロと探して回っても、まず他の階へ行くエレベーターもエスカレーターも見つからない。それどころか階段すらない。
普通、壁伝いに行けば階段かエスカレーターの1つぐらいありそうなものなのだが。
フロアには他の客や制服の店員などが数名チラホラいるのだが、誰も危険な女のことなぞ知らないらしく普通な様子。
本来ならここはみんなに警告すべきだが、どうせキ〇ガイ扱いされるだけだという考えが頭にあった。
とりあえずエレベーターはダメだ。万一そこでご対面してしまったら逃げられない。
ここはエスカレーターか階段だ。
角っこで段ボールを前に何か作業をしている店員がいたので尋ねようと思った途端、サッと仕切りの奥に引っ込まれてしまった。
切羽詰まっている私、奥に声を掛けに行った。
そこは凹っと小部屋分くらい引っ込んだ一角を、スチールに白い布を張った仕切りで区切っただけのバックヤードで、幾つかの段ボールと簡単な椅子が隅に置いてあるだけだった。
正面の壁や側面にもドアらしきものはないのに、今しがた引っ込んだ店員の姿はどこにもない。
あれ、どこ行った? 他にドアがないのか、つい中に入ってしまった。
だが、いないと分かったらすぐに戻るべきだった。
ホンの5秒くらいだったと思うが、その数秒が命運を分けることがある。
その時、誰かがこちらにやってくる気配がした。
瞬時に私はそれが都市伝説の女だと何故か分かった。
今出たら鉢合わせしてしまうし、隠れる場所もない。
仕切りのカーテンと床の間は、外国のトイレのように隙間が空いている。
子供だましだが僅かな望みにかけて、私は仕切りの横にあった椅子の上に乗っかった。
下から覗いて足が見えなければ、そのままいないと判断してくれないかと思ったのである。
結果は甘かった。
そーっと、黒い頭が隙間から入って来た。
黒い髪の毛が床に垂れる。ついで二本の鎌とそれを持った両手の拳が。
ソレがゆっくりと回転してこちらを見上げて来た。
目が合った。極限まで瞳孔が開き切った真っ黒い瞳。
赤ん坊のそれは生気に満ち溢れているが、これは死んだ者の弛緩した目だ。
そして私と目が合った瞬間、彼女はニーッと笑った。
この途端、頭の中から一気に戦意とか抵抗とか、相手に対する闘争心が全て消し飛んだ。
次の瞬間、仕切りをぶっ倒し、椅子から飛び降りると私は猛ダッシュをしていた。
怖いっ 怖いっ 恐いっ 恐いっ こわいっ コワイーーっ!!!
常々、恐怖に呑まれては負けだと、自分に言い聞かせてはいたが、今回は駄目だった。
不意打ちではなく、薄々分かっていたはずなのに、何の対策もしていなかったのが悔まれる。
追いかけられる夢は、よく水の中を走るように足がよく動きづらく、それがまた焦りとなり恐怖を増す効果となるが、この時は全力疾走できた。
それゆえまず夢だとは気づきづらく、更なる恐怖感が煽られた。
何しろ、後ろから凄いスピードで追いかけて来る気配があったからだ。
相手は両手に鎌を持っている。追いつかれたら殺される!
もう私の頭の中は、逃げたいという本能一色だけだった。
戦う気力なんか微塵も無くなっていた。
フロアをメチャクチャに突っ走り、バッと走り込んだ通路の先に先程見た客らしき口髭を生やした小太りのオジさんが、フロアを全力で走って来る大人の私を見て訝しそうな顔をした。
が、すぐに驚いた顔をすると彼も慌てて向こうに走りだす。
これは私の後ろに、かの怪異を見たに違いなかった。
間違いなく後ろに追って来ていると、あらためて感じた時の絶望感と恐怖は筆舌に尽くし難い。
怖くて振り返られない。気持ちは泣きたいのだが、泣いている暇もない。
心臓もバク爆フル稼働。いつ追いつかれるか、その切迫する予感がどんどん後ろで大きく膨れ上がっていく恐ろしさ。
まさに生きた心地がしないというのはこの事だ。
この臨場感はとても文字や映像だけじゃ伝えきれないだろう。ヴァーチャルとか、まず直に味わってみなければ。
もしK君がこれと同じ体験をしたら、果たして『面白かったぜぇ~』と言えるのだろうか。
ちなみに同じく営業課のN君。
『ターミネーター』の話をした時、もしアレに追いかけられたら、
「そうしたら俺は命の続く限り、泣きながら逃げる!」と堂々と宣言していた。
黒帯空手なのにと笑ったものだが、今ならその気持ちは沁みるほど分かる。
悔しいがこのとき私はヘタってしまった。
あの真っ黒い目を見て、一瞬にして敵わないと思ってしまったのだ。
自分の許容範囲の上を行く脅威には、かくも抵抗する気負いが消し去ってしまうものなのか。
大体彼女は長めの髪、白いワンピースという幽霊伝説おきまりの姿だった。真っ黒い目だって、想像に難くないはずだ。
だが、やはり生で感ずる恐ろしさは桁外れだった。
もっとも凶器を持っている相手に素手で立ち向おうと思えるのは、武道の達人くらいだろう。
そういえば以前、『リアル鬼ごっこ』という映画があった。
あれも捕まったら殺されるという理不尽な話で、主人公達は全力疾走で逃げるのだが、同じく殺される恐怖も相手が人間かそうでないかでは雲泥の差がある。
私の怖じ気のバロメーターはとっくに振り切っていた。
なのでこの全力逃走中、次に私の頭に湧いて来たのは、この恐怖を早く終わりにしたいという気持ちだった。
追われ続けているのに、耐えきれなくなったのだ。
私の恐怖心の許容量が少ないのか、すぐに一杯になって溢れてしまったらしい。
我ながら諦めるのが早過ぎる。だがいきなりの究極に追い込まれた尋常じゃない精神状態。
こればかりは味わってみなければ分からないと思う。
思えば死を覚悟する夢は他にもあった。
ゾンビに囲まれて、もう逃げ場がないと感じた瞬間だ。あの時はゾンビになるくらいなら自決しようと思ったものだ。
映画などで追い込まれた人達がやる行為だが、その際の気持ちをより考えさせられるようになった。
この夢も実は色々と反省と自戒したい点があり、いつか書きたいと思う。
結局、諦めた私は途中で立ち止まってしまった。
そして振り返ることも出来ずに、次に来る衝撃を覚悟した。
が、脅威はそんな私の左横を凄い速さですり抜けると、そのままあのオジさんを追いかけて行ってしまった。私はその後ろ姿を見ながら立ち尽くしていた。
助かったぁ~~…………。
申し訳ないが、この時は心底そう思った。
オジさんを身代わりにしてしまった事がなんとも後味が悪かったが、直後はそんな事を考える余裕もなかった。
本当に夢で良かった。
もしかすると相手は逃げる者を追うだけなのかもしれない。だから私が立ち止まったせいで、急に対象から外れたのかも。
このような疑似体験をすることで、なんとか最善を尽くせるようになりたいとも考えられるようになった。
そうやって後から色々と考えると、フロアには色んな物があったのだから何か武器になるモノを探せば良かった。
せめて盾代わりになるような物でもあれば。
いつもならリュックやバッグの1つは持っているのに、こういう時に限って何も持っていない。
もちろんこういうのは落ち着いているからこそ考えられるもので、いざその時になるとこうして思考が吹っ飛びやすいものだ。
やはり日頃から、その時どう動くか考えておく必要があるのかもしれない。
あとは実際に行動する勇気だな。
いや、まず思考をフリーズさせない為に、恐怖を乗り越える度胸が一番必要かもしれない。
どうせやられるなら一発でも報いたい。やられっぱなしはやっぱり癪だ。
そこに僅かながら起死回生のチャンスがあるかもしれないし、ヘタすればただの悪足掻きになってしまうが、それでもすぐに諦めるなんて勿体なさ過ぎる。
おまけにこんな訳わからんもんにやられたら、それこそ殺された後にも追いかけまわされるかも知れない。
そんなホラー漫画を昔読んで怖気ったものである。
尚更イヤ過ぎる。やはりここは抵抗あるのみだ。
そう奮い立つ気になったのも、悪夢というやり直しのできるバーチャル特訓のおかげなのかもしれない。
もう懲り懲りだが、無駄ではなかった。ネタにもなるし。
でも大事なことなので、もう一度言いますが、二度と味わいたくないです。
度胸を育てるのは、なかなかに難しいと切実に思うこの頃である。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
後で判明したが、K君は結構怖いモノ苦手なタイプだった。
『デモンズ3』という『恐怖の振り子』をアレンジした映画を貸したのだが、
始め主人公たち若い夫婦のイチャつきに喜んで見ていたら、怖い映画だったとプチ文句を言ってきた。
「なら全部見なかったの?」と聞くと
「いや、もちろん気になって最後まで見ちゃったよ。
だってあの女の人綺麗なんだもん💗」
うんうん、色気のパワーってのも強いもんなんだなあ。
追伸:
すいません! 『デモンズ3』は間違いでした!
正しくは『ペンデュラム 悪魔の振り子』です💦
こんな夢 Zzz… (-ω-●)…。o○ と 遭遇した 青田 空ノ子 @aota_sorako
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。こんな夢 Zzz… (-ω-●)…。o○ と 遭遇したの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます