6. 緑




 緑に満ちた背景のなかにうかぶのは、緑の樹々、緑のくさむら

 緑一色というわけではなく、その間から見えるのは、綺麗な花、みずみずしげな実。

 それらのさらに彼方には、おぼろげながら建物の群れが見てとれる。


 そんな細密画じみたアイコンと、緑の色のやさしさが、これまでさんざん翻弄された目と心へとみてくる。




 暗闇のあちこちに、緑のライトが咲き繁る。

 最初の赤、さっきの黄色、青よりも多いかも知れない。

 やさしげなライトのつくる林。


 そのれが、左どなりの席からもささやきかける。

 緑の光につつまれて左の席に座っているのは上品そうな壮年男性。

 おだやかで恰幅のよいその風情は、緑とあいふさわしく、落ち着いたなにか豊かなものを体現している気すらした。




 そうだ。

 この優しさ、安らぎ、豊かさに満ちた緑の光。

 それこそが、ほんとうに正しいものを示しているのかも知れないな。


 そんな思いに満たされて、陶然として眺める先で。

 アイコンの中の光景はすこしずつ変化してゆく。




 うるわしい緑の世界が、いつの間にやら、ゆがみ、膨れ、黒い点にむしばまれてゆく。

 葉や草叢が、留まることなくしげりゆき、安らぎよりも無秩序の顔を、豊かさよりも放埒の顔をむきだしにする。

 そこに蔓延はびこい荒らすものは、小さくしかし無限にえゆく名も知れない蟲たちだ。


 緑の世界のもつ牙があらわにされて、あなたの背筋を冷たいものが走り抜ける。




 と、その暴乱が急に止まった。

 葉も草もたくみに刈りこまれたように大人しくなり、蟲たちは見るみるうちに洗い落とされ消えてゆく。


 また静かで豊かな楽園がもどったと、安らかな気持ちになったのもほんの一瞬。




 揺りもどしが来たかのように。

 今度は緑は際限なく刈られ、倒れて、消えてゆく。

 その向こうから、こんどは道と畑と建物が果てしなく膨れあがり。


 またたく間もなく、優しさも安らぎも、豊かささえも感じられない石の館ばかりがそびえ。

 そいつらの吐く煙と汚水の毒どくしい緑の色がアイコンを染め変えていた。




「豊かさとは、安らぎではありません。

 喰らい、おかし、どこまでも増殖する。そのせめぎにたまさか産み落とされるものが豊かさというものです。

 それが果たして『正義』にふさわしいのでしょうか?」


 アナウンスの問いかけは、けがれにごったアイコンの緑のように毒どくしい。




「この結果にもとづいて、緑のボタンを押された方には、選択された『正義』の産物。『腐敗』をお贈りいたします」


 緑のライトでできたあのみずみずしい樹々たちが、今、どす黒くにごってゆく。

 ライトのなかで何かがどろりと溶けてくずれ、きたならしい煙がおどる。


 左どなりの席からも、ひどい臭いが囁いてくる。

 そちらへと目を向けることは、どうしてもできなかった。

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