5. 黄


 暗い闇は、明るい黄色の光でかすかに薄らいだ。




 前方のスクリーンは、真昼の太陽のなかのような色に満たされ。

 その中心には、光のアイコンがさんぜんとかがやいている。


 なにか救いらしいものが心のなかへと差しこんできたようで。

 赤の光の惨状と、青の光の恐怖によって、こわばりひきつった胸の中がほんわりとほぐれてゆくのをはっきりとあなたは感じる。


 見わたせば、闇につつまれた座席の群れにも、いたる所にあたたかい黄色いライトがともっている。

 その数も、さきほどの青いライトほどではないが、赤いライトよりは多く、この光を『正義』のイメージとして望んだ人がそれなりの数いると思えば、ますます胸のぬくもりが増す。




 と、思わせてくれた黄色い光が、一瞬にて消滅した。


 なんの前触れも予告もなく、スクリーンが消え去った。

 同時に、あちこちにともっていた黄色い光たちも、すべて。




 なにも見えない。感じられない。

「鼻をつままれてもわからない」という表現を、こんなに妥当に感じたことはこれまで一度もなかったし、これから感じることもないだろう。

「これから」があるとすればだが。


 しぼんだ希望は、いとも簡単に恐怖へ転じる。

 闇のもたらす恐怖だけでなく。

 あれほどに輝いていた希望がこんなにあっけなく潰れて溶けた。その喪失がどうしようもない怖れとなって心をむしばむ。




「黄色いボタンを押された方々が『正義』に選んだ光とは、なんの実体も、具体性も、意味すらないイメージにすぎませんでした」




 アナウンスに連れられて、暗闇のなかに、光がよみがえってきた。

 点々と、座席を照らす黄色いライトがもどってきたのだ。


 けれどその光には、あたたかさや希望の気配は残っておらず。

 汚らしく弱々しい黄ばみとしか、もう見えなかった。


「この結果にもとづいて、黄色いボタンを押された方には、選択された『正義』の産物。『虚無』をお贈りいたします」




 ぱん。


 ぜた。

 黄色いライトに照らされる座席。そこに座っていた者たちが、一斉に、ほんとうにあっけなく、泡のように弾けて消えた。

 炎も発さず、固まりもせず、そこにいたという存在感すら残すことなく消滅した。




「続きまして、緑のボタンを押された方のテスト結果を発表します」


 前方に、緑に満ちた四角が姿をあらわした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る