4. 青




 一面の青にかわったスクリーン。

 拡大したマスにあわせ、杖と書物をたずさえた老賢者のアイコンもスクリーン一杯になる。




「この選択をされた方は『正義』というものの本質に『智恵』あるいは『理性』を選んだのだと、今そう意識されたかも知れません」


 さっきの赤いライトと同様、暗闇のなかのあちらこちらが青いライトで照らされていて。

 ふと傍らへ首をむければ、すぐ右の隣の席も、まるで塗りかえられたように青い光に満たされている。

 改めて見れば、席にいるのは二十歳くらいの若い女性だ。

 上品なブラウスをライトで青く染めた彼女。心なしか、誇らしそうにほほ笑んでいるように見える。




「しかしながらその意識は、果たして妥当なものなのでしょうか?

 皆様の見いだされたものは、本当に『智恵』や『理性』なのでしょうか?」


 これもまた心なしか。

 明るいだけで無機質じみていたアナウンスの音声も、ひそかに笑っているような、そんな気配がしのび入ったような気がした。


「アイコンをよぅくご覧ください。

 老人が手にした書物は、ただ書物のかたちをしているというだけで。

 その表紙にはなにも書かれてはいません」


 言われてみればそれは確かに。

 拡大されたアイコンをよぅく見れば、その表紙はなんの一文字も書かれてはいないのっぺらぼうだ。

 不思議なもので、それを言われると、老人はただ分厚いだけの、なんの知恵も理も書かれてはいない紙束を、間抜けにも抱えているかのように、あなたの目にも見えてくる。


「もう片方の手にあるものも、どうぞしっかりご確認を。

 賢者の杖かと思われたかたも多いでしょうが。この節穴だらけ、だらけ、茸まで生えた姿。ただの朽ち枝に過ぎません」


 言われてみればまったく確かで。

 ひん曲がって朽ちかけた枝にすがって、ただ立ち尽くす老人の姿。

 正義も智も理もそこにはなく、ただ雨風と時とに洗いざらされたウツロな古ぶるしさだけが、寒々しい青のなかに固まっている。




「青のボタンを押されたグループの方々。

 その方々にとっての『正義』は、つまり見せかけの『権威』です」


 色あせた青と反対に、アナウンスの音声にはますます笑うような気配が濃くなっている。


「この結果にもとづいて、青いボタンを押された方には『権威』をお贈りいたします」


 つい、右どなりの席をみると。

 ついさっきまで誇らしげに見えた女性は、よっぽどのショックだったのか、口からなにか吐いている。


 いや、これはしゃぶつなんかではなくて。

 吐かれたものは、くすんだ青緑色のなにかはどんどん彼女の体をおおい尽くしてゆき。

 ほんの数秒後、隣の席にはカチカチにかたまった青銅の像が鎮座している。


 微動だにしないは、古い庭か、かたくるしい学校の片隅にでも置かれれば、それなりにさまになるかも知れないが。

 もう動くことも話すことも、ボタンを押すこともないそれは、くすんだその頭のなかでなにか考えているのだろうか。




「続きまして、黄色いボタンを押された方のテスト結果を発表します」


 どこか楽しげなアナウンスが、人々と、銅像たちにあびせられる。

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