第20話 あなたに夢中
それがいつまでも続くものであると誤認してしまうこと、現実に対するフーガ。誰しも正確にアチチュードがとれるわけではない。そして私たちは何も気づけないでいた。いや、あの時、皇宮内で事態を把握していたものがどれだけいたのだろう。
誰が絵を書いたのか、幾らでも列挙する事は可能だから犯人探しには、さほど意味は無い。
問題は民衆が政治に対する不満を、ロイヤルファミリーに対する憎悪に転化してしまったことだ。
セシルはタブロイド紙に不貞の罪を告発され、他メディアも一斉にそれに追随した。
「なんなのあの記事は!出鱈目だわ!」
セシルは憤然と新聞を投げ捨てた。
記事にはセシルとアニタの卑猥な挿絵が添えられていた。
ねえセシル、それはすべてが出鱈目なの?もしやという疑念は鍋底についた焦げのように頭から離れないでいる。
「この際、事実か事実じゃないかは大して問題ではないわ。これ以上民衆をいたずらに逆撫ですることは出来ないのです。マヨリア女史には去ってもらいます」
「いやよ!彼女じゃなきゃテディを誰が治してくれるの?!ねえサン、アニタはそんなひとじゃないってサンは、わかってくれるよね?」
「……ええ」
懇願する彼女の顔を正面から見ることが出来なかった。
ティト夫人とセシルは口論から互いへの罵りあいに発展していったが、誰も口を挟めなかった。
やがて互いが取っ組み合うほどの姿を見て、やっと周りは二人を引き離した。
テディの疾患については、セシルは自分の母にすら伝えていなかった。
世継ぎに対する過度のプレッシャーが、彼女を頑なにさせていた。
結局、母であり、宰相たるティト夫人と、そして皇帝の母である大公妃様から睨まれては、セシルも我を通すことは出来なかった。
子供のように泣き叫ぶ彼女の背中を、慰撫するのは私の役目だが、セシルをさすりながら私の感情はぐちゃぐちゃだった。
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「アニタ。あなたの処遇が決まったわ。……追放だそうよ」
私の言葉に彼女の表情は、なにひとつとして変化を与えなかった。
ただ窓に打ちつける雨を、そこに答えがあるかのようにずっと眺めていた。
「荷物を持って出て行く時、道中気をつけて。あなたすごく嫌われてるわ」
部屋を出ようとした時、彼女から声が掛かった。いやそれは知らない短い歌だった。
「ねえ、知ってる?」
私はそれに反応を示さずに、ドアを静かに閉めた。
セシルは子供達と共に別荘に移ることになった。
民衆からのヘイトが、いつ牙を向いて宮廷を囲むようになるかわからなかった。
当然私は同行を願い出ると、セシルは私の手を取って貴方はここに留まって欲しいと懇願された。
「あのね、あなたを巻き込みたくないの」
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
「大丈夫。人民はきっと分かってくれるわ。それまで少しだけここを離れるだけだから」
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
「それとアニタのことをお願い。彼女がいないとテディが助からないわ」
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
無理が通る立場でないことは頭では理解していても、心で納得はしていなかった。
ただそうせざるを得ないのだと、暴走する自分を抑えるのに必死だった。
あの時一緒に行っていれば、私がアニタに少しでも寛容であったなら、果たしてなにか変わっていただろうか。
過ぎ去った日の可能性は、なんの答えも持たないし、どんな意味もなさない。
確かな事はアビスへ繋がる深潭はその輪郭を広げ、ただ私を飲み込むために待っていた。
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