番外編 五人の「独自の戦い」



 2024年の東京都知事選の候補者は、全部で56名。

 うち供託金没収ラインの得票率10%を超えたのはたったの3名であり、本編でセリフありで登場したのは実のところ9名しかいなかった。

 作者の力量不足で多くの候補者の戦いを描ききれなかったお詫びも兼ねて、ここではその他の候補者たち5名のことをダイジェスト的に紹介する。




◆もんじゃ党党首 月島大志


 今回で五度目の都知事選となる月島は、還暦を超えているとは思えぬエネルギッシュな男である。

 下町育ちの自他ともに認める「江戸っ子」。

 彼の本業は、中央区にあるもんじゃ焼き屋の店主である。先代から受け継いだ時は駄菓子屋であり、時代の変化に合わせてもんじゃ焼き屋にリニューアルしたが、今でも店の一角は駄菓子屋として運営していて、近隣の子どもたちが学校帰りに立ち寄る憩いの場となっている。


「俺ぁね、こうやって子どもらの面倒見てんのがホントは一番性に合ってんのよ。難しいことはわからねぇし、政治なんざ頭の良い奴らに任せられんのが一番楽よ」


 そんな彼が政界に挑戦しようと思ったきっかけは、築地市場移転問題だ。

 築地は月島にとって知り合いが多く働いている場所である。彼らはみな政治にうんざりしていた。どこへ移転するか、いつ移転するか。上が変わるたびに方針が変わり、現場は振り回されてばかりいる。市場関係者の中でも賛成派・反対派と分かれてしたくもない争いをしなければならない。そんな彼らを見て、月島は自分が立ち上がらなければと思ったのだ。


「豊洲が開業したからって終わりじゃねぇ。銀座から仕入れが遠くなった問題は続いてるし、築地と環境が変わりすぎて今まで通りじゃ通用しないこともいくらかある。まだまだ支援が必要なんだ。俺ぁ仲間が苦しんでる限り声を上げ続けるよ」


 そんな彼の今回の得票数は23,736票。

 候補者数が過去最大となり、全体的に得票率が分散した今回の都知事選だが、月島に関しては前回より5,000票も伸ばし、回を重ねるごとに票数を伸ばし続けている。




◆趣味が第一のコスプレイヤー ときわみもり


 ときわみもりはコスプレイヤーである。

 コミケをはじめとする東京近郊のイベントで、お気に入りのキャラクターのコスプレに自前の衣装で参加するのが彼女のライフワークだ。

 フォロワー何万と抱えるような人気のコスプレイヤーではなく、趣味の合う仲間とわいわいしながら一緒に衣装合わせたり撮影したりするのを楽しんでいる。


 そんな彼女が都知事選に出ようと思ったのは、コスプレ文化が普及してきた反動で最近イベント参加者のマナーの悪さが目立つようになってきたのがきっかけだ。

 本来会場で着替えないといけないのに着た状態で来る人、キャラクターの印象を損ねる過度な露出の衣装の人、許可を取らずに勝手に撮影する人……。

 マナーを守って楽しくコスプレができる環境を守りたい。

 誰もやらないなら自分がやらなければ。

 そういう思いで彼女は都知事選出馬を決意した。


 実は当初、彼女は都政がどういうことをやっているかすらちゃんと把握していなかったのだが、コスプレ仲間をはじめとする周囲の意見を素直に聞いて、徐々にコスプレだけでなく「オタク文化に寄り添う東京」をテーマとしたスタイルが確立されていった。

 演説も秋葉原、池袋とオタクが集まる場所を中心に数回行い、それなりに足を止める人も多かったようだ。


 ……ところが。

 六月末になると彼女はとんと姿を消し、演説や選挙活動をやめてSNSでも沈黙してしまう。

 その理由はズバリ――夏アニメだ。


「今、『逃げ若』がアツくて。アニメ始まる前に原作マンガの予習始めたら、面白くて止まんなくなっちゃったんですよね。夏コミに向けて急いで衣装作ってます。選挙やってる暇は、ないですね」


 それでいいのかというツッコミはさておき、好きなものにまっしぐらな彼女を応援したくなった人も一定数いたのだろう……最終的には482票を獲得するのであった。




◆組織力を持つ占い師 テレポートゆうこ


「あなた、オーラがくすんでるわよ。今すぐ浄化なさい。ゆうこウォーター、今なら月額無料で差し上げるから」


 元々は新宿の古びた商店街の一角で占いを営んでいたテレポートゆうこ。酔客相手に細々と稼ぎを上げていたのだが、コロナ禍によって客足が途絶えてからは活動の場をオンラインへと移行し、今では一万五千人もの有料会員を抱える一大オンラインサロンを運営するに至る。


 彼女の知名度が上がるきっかけとなったのは、かつての客が上げた「コロナを予言した女」という動画だった。

 新型コロナウイルスが広まる一年前に彼が酔っ払いながらゆうこの占いを受けている動画で、その中で確かに彼女は「近いうちに世界中を巻き込むパンデミックが起きる」と発言していたのである。

 実を言うと人によって内容を変えて当てずっぽうなことを言っていただけだったのだが、たまたまそんな動画が公開されたことで彼女は突如注目を浴びることになった。


「よくわたくしのことをインチキ商売だっておっしゃる方もおりますけどね、わたくしはみなさまに『安心』を売っておりますの。コロナの間、多くの人が先が見えない不安に苛まれておりました。政府が、都が用意できなかったものを、代わりにわたくしが提供しただけのこと。次なる危機に備え、どのような指導者が立つべきか……みなさまが一番分かっているはずですわよ」




◆ありのままの姿で笑ってほしい たまこゆうえんち


 たまこゆうえんちは売れないコメディアンである。

 かつて、たった一度だけテレビの生放送に出演したことがあるが、なんとか爪痕を残そうとその場で局部を露出してしまったことでその後出禁となってしまった哀しい男だ。

 その後、なかなか知名度を上げられずにいたが、Z党――「全裸を愛する党」にスカウトされ、政治家として活動し始める。

 今回の都知事選では党の知名度アップを目的として二十名以上の候補を擁立したZ党であったが、まともな選挙活動を行なっていたのはわずか数名であり、たまこゆうえんちは貴重なそのうちの一人である。


「どうも! 裸になってテレビから干された男、たまこゆうえんちです! 大丈夫です、今日は履いてますよ! でも皆さん、ちょっと考えてみてください。今日のあなたは、ちゃんと心をハダカにできてますか!?」


 マッチョな肉襦袢にくじゅばんをまとって街頭に立ち、時折一発芸を織り交ぜながら演説を行った。街行く人々は必死に彼を無視しようとしていたが、それでも堪えきれず吹き出してしまう者も多かったとか。


「芸人でも政治家でも僕がやりたいことは変わりません! みんな、ありのままの笑顔でいられる世の中に! ただそれだけですよ!」


 都知事選での得票数は345票。

 懸命な選挙活動が多少は知名度と好感度アップに繋がったのか、ショッピングモールの催事に呼ばれるなど仕事が増えてきたらしい。


「ありがたいことですね。六年ぶりくらいに新しいパンツが買えそうです」


 たまこゆうえんちは無邪気な笑顔でそう語るのであった。




◆徳川埋蔵金の行方を知る男 八丁堀敏朗


 自称「徳川埋蔵金の行方を知る男」、それが八丁堀敏朗という男である。

 紋付袴姿で街頭に現れ、達筆な字で「埋蔵金を都庁に!」と書かれた旗を振って演説する姿が何回か通りすがりの人々によってSNS上にアップされた。

 本人はインターネットに疎く、連絡手段も十年以上使い続けているというガラケーのみだ。


「とにかくね、埋蔵金さえ発掘できれば全てが解決するんです。貧困も、経済も、外国人問題も。だからね、どうか私に江戸の未来を託してほしい」


 ちなみにその埋蔵金とはどこにあるのだろうか。

 誰が尋ねても八丁堀は詳しくは明言しなかったという。


「いやでもとにかく私には分かるんです。大和魂がね、語りかけてくるんですよ。しかし今の私には力が足りなくて、それをうまくお伝えすることができない。都知事になれば、もう少しはっきりと分かると思います。都知事の座る椅子、あそこは地脈と繋がっているとも言いますから。今言えることがあるとすれば、北関東のどこかにあるってことくらいですね」


 そして迎えた投開票日、あえなく落選となった八丁堀。

 物好きなフリーライターたちが彼のその後を取材しようと連絡を試みたが、誰一人つながらず。

 中には自宅まで行ってみた者もいたが、なんと空き家になっていたらしい。

 SNSはやっていないのでネット上での動向も掴めないし、近所周辺の人に聞き込みをしてみても「あの家はもう何年も空き家だよ」という。


 八丁堀は一体どこへ消えたのか?

 埋蔵金どころか、彼の行方こそ分からなくなってしまったのであった。




〈番外編 五人の「独自の戦い」・了〉

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