第26話 推しと推す人
合同討論会をやるにあたり、鮫洲が提示してきた条件は三つ。
一つ目、対面ではなくリモートで実施すること。
二つ目、どちらか一方の集客にならないよう、第三者のチャンネルでのライブ配信にすること。
三つ目、第三者のチャンネルは登録者数二十万以上のそれなりに視聴数が見込めるチャンネルを選ぶこと。
特にハードルの高いのは三つ目の条件だった。
鮫洲自身のチャンネルが登録者二十万人いるので、それと同等の規模のチャンネルじゃないと出る気はないということだろう。
とはいえ、そんな規模の配信者のツテなんてそうそうあるもんじゃない。
要は無理難題を提示して、「討論会には乗り気だったが条件が合わなかったため見送った」という展開に持ち込みたいのだろう。
……舐めやがって。
たとえば連絡したのが俺だったなら、
だが、腹立つのは豊島さんとの直接のやりとりでこういう態度を取ってきたことだ。
仮にも東京都民一千四百万人のトップに立とうとしている相手に、候補者という点で見れば同等の立場の相手に……いや、そんな建前はどうでもよくて、我らが一番星の豊島直央に上から目線というのが、とにかく個人的にムカついたのだ。
こうなったら意地でも討論会を実現させてやる。
「チャンネル登録者数二十万人かあ。中野くん、どうしよ?」
「大丈夫。アテならあるよ」
ツテはなくても、アテはある――。
まさかここで日頃YouTubeに入り浸っていたのが功を奏すとは。
俺は豊島さんのXアカウントにログインすると、とある人物にダイレクトメッセージを送った。
〈こんにちは。先日は私たちのポスター貼りゲームのことを取り上げてくださってありがとうございます! 実は……かくかくしかじかで鮫洲さんとの討論会を実施したいのですが、第三者の立場としてチャンネルをお借りすることは可能でしょうか?〉
送信してから待つこと五分。
思ったよりも早く返信が来た。
〈え、鮫洲!? ありよりのあり〜! アタシのチャンネルとあんまり客層被ってないから登録者数増えそうだし? 選挙ウォッチャーしてる立場的に、ネット討論会での鮫洲vs豊島のカードの再戦を自分のチャンネルで組めるなんて激アツじゃんね!? 仮に炎上しても視聴数稼げそうだし、リモートなら身バレもないから、全然構わんよ〜!〉
こういう言わなくていい裏事情をペラペラ喋るあたり、相手はお察しいただけただろうか。
そう、VTuberの千石みねあである。
彼女のチャンネル登録者数は三十万。
これで鮫洲も文句はあるまい。
「くっ……」
「ど、どうしたの?」
鼻の奥がツーンとして、俺は空を仰いだ。
「いや、大したことじゃないんだけど……推しとDMしちゃった嬉しみと、自分じゃないアカウント経由で繋がってしまった罪悪感が同時に来てる……」
「そ、そっかあ。えっと、大変だね?」
「うん……」
選挙期間は残り十日を切っているので、条件さえクリアすればトントン拍子にことは進む。
鮫洲との合同討論会の開催は明日・六月二十八日の夜八時からに決定。
リモート形式なので、みねあがホストとなり彼女から招待されるリンクにアクセスしてビデオ会議に出演するという段取りだ。
告知はちょうど二十四時間前に三者から同時に出した。
鮫洲やみねあのファンは発言に積極的なので、告知が出ると瞬間風速的に「合同討論会」のワードがXのトレンドに掲載される事態となった。
〈鮫洲は知ってるけど、豊島って誰?〉
〈鮫洲vs豊島? 鮫洲vsみねあではなく?〉
〈みねあたん、ホストがんばえー! ムカついても配信中に鮫洲にブチギレしちゃだーめよ〉
ある程度想定はしていたものの、ネット民が反応するのは鮫洲とみねあというキャラの濃い二人の共演であり、本来鮫洲と対等の立場である豊島さんに関する言及はすでに彼女のフォロワーになってくれている人たちくらいであった。
今はまだ仕方ない。ここで落ち込んではいられない。
だからこそ、この討論会に意味がある。
馴染みのみねあファンたちの反応を見てみたが、あまり政治に興味がなくてもこの破天荒なカード見たさに視聴予約したという声が見られた。
ただ、やはりその中に「うめ」さんの姿はない。
試しにうめさんのプロフィール画面を見てみると、最後のポストは六月十九日、選挙が始まる前日になっていた。
〈みねあ氏、活動再開おめ。選挙キライなのに選挙ウォッチやるなんて偉すぎ。有言実行、配信者の
〈……なんて、取り繕ってみたけど、ごめん、今ちょっと素直に応援できないわ。苦手なことに挑戦するなんてらしくないよ、みねあ氏。苦手なことって苦手なままじゃダメなん? そういうの肯定してくれるのがみねあ氏じゃなかった?〉
〈あーーーーだめだ、いい歳こいて病んでる自分恥ずかしすぎるっ。仕事忙しいせいかな。ちょっとしばらく
こ、これは……。
この時期は豊島さんの手伝いでバタバタしていたこともあり、自分のSNSの状況を見る余裕はあまりなかったので見逃していた。
〈うめさん、お元気ですか。俺も最近慌ただしくてあまりタイムライン追ってませんでしたが、お仕事忙しそうですね。無理はしないで! 落ち着いたらまた一緒に推し活しましょう。返信不要です〉
なんとなく心配になって、ダイレクトメッセージを送ってみた。
そもそもXにログインしていないだろうから、気づいていないとは思うが。
うめさんの言いたいことは少し分かる。
千石みねあはどんなに贔屓目で見ても人としてダメなタイプの配信者だが、それでも推す理由は何か。
「安心するから」だ。
彼女の常識の無さ、言動の危うさ、意識の低さ。それを見ていると自分はまだマシかもって思える。さらにそんな彼女が愛され、人気を得ていく様子を見ると、自分だって社会でやっていく価値が多少あるんじゃないかと思える。そういう勇気をくれるタイプの配信者なのである。
だから彼女には、なるべく変わらないでいてほしい。ダメなままでいてほしい。ファンのエゴではあるが、そういう願いが向けられている側面はきっとあるだろう。
だが、俺は長年の推し活で学んだ。
推しは操り人形じゃない。人だ。
間違えることもあるし、主張が変わることもある。
推し活歴が浅いとそのギャップにショックを受けることもあるだろう。いわゆる「解釈違い」というやつだ。
ただ、傍目で見ている範囲の推測だと……おそらくみねあは俺と同じで選挙が楽しくなってきてしまっている。
そうじゃなきゃここまで選挙ウォッチが続かないだろうし、今回のことだって引き受けてくれなかったはずだ。
変わりゆくみねあを引き続き愛せるかどうか。ここがきっとファンの分かれ目だろう。がっかりして去っていくファンも少なくないかもしれない。
だけど、本当にただの願望ではあるけれど、うめさんはそうじゃないって信じたい。
直接会ったことはないオンライン上の友だちだけど、俺なんかよりよっぽど節度のある大人な印象だし、俺以上にみねあの全部を愛していた。
推す人もまた、人なのだ。
忙しさによって精神が削られれば、いつも楽しんでいるものを楽しく思えない日だってある。
うめさんとまた推し活を一緒に楽しめる日が来ますように。
一人の友人として、俺は切に願う。
SNSの様子を追っていたら気づけば二十二時を回っていた。
明日に備えて今日は早めに解散してもう自宅にいる。
そろそろ寝ておくか……そう思った時、スマホが通知に震えた。
〈明日もがんばろ!〉
たった一行の、豊島さんからのメッセージ。
それだけで思わず表情が綻んでしまう。
選挙もどこか、推し活に似ているのかもしれない。
そして翌日――選挙戦九日目の夜。
鮫洲との合同討論会が始まった。
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