3章 都知事選 中盤
第22話 嵐の前の静けさ
波乱の合同ネット討論会から三日が経った。
たった十七日間で首都の長を決める選挙戦は、早くも七日目となり折り返しが見え始めている。
ここ数日の選挙活動はというと、良くも悪くも平和に落ち着いていた。
ネット討論会直後は、豊島さんの発言が切り抜き動画で多く拡散されXのフォロワー数も10,000人から15,000人へと一気に増えたのだが、以降は目立った話題がなく伸び悩んでいる。
地道な街頭演説は続けているが、土日を超えて再び平日に入ったこともあり、足を止めてくれる人たちはまばらになってきていた。選挙初日の方がまだ身内や選挙に関心が高い人たちが見に来ていたのだが、一週間経ってそういう人たちも一旦日常生活に戻っている感じがあった。
この中だるみのような状況は豊島さんに限らず、他の候補も同様のようだ。
たとえば万願寺と若林。
大勢の候補たちが地下の会場でネット討論会をやった裏――いや、世間的には「表」で行われた地上波での二人の討論会。
後から確認してみたが、二人ともさすがであった。
的外れな内容がほぼないというのもそうだが、そもそも場慣れ感が全然違う。カメラに向かって正面を向き、聞き取りやすい声で持ち時間内にきっちりと発言する。ネット討論会での一部始終を見た後だったので、彼らのカリスマ性にはそれなりに理由があるのだと思い知らされた感じがした。
後半、政治資金の問題で若林がやや厳しい口調で万願寺を追及する場面もあったが、万願寺はいつも通りどっしりと構えてのらりくらりとかわすだけであった。そんな彼を「タヌキ爺」と非難する声はいくつか見かけたが、その嫌われっぷりすら平常運転であり、結局のところ現職の池上の支持があるぶん万願寺がやや優勢な状況は変わらずらしい。
鮫洲と綾瀬はというと、こちらも相変わらずでネット討論会以降お互いのXアカウントで批判合戦をする様子がしばしば見られるようになった。鮫洲が上げている暴露・検証動画も最初は万願寺や若林に関するものが多かったのが、ここ最近は綾瀬のネタが増えているようである。
〈断言します。綾瀬しょう子は政界に何かしらの繋がりがあります。彼女を当選させてはいけない。最初期のフォロワーを辿ると、某国のソシャゲユーザーばかり出てくるんですよ。このソシャゲメーカーの社長は某政治家と繋がっているという噂が前々からあって……〉
そんな彼の動画に対して、綾瀬はというと、
〈エッ、想像力すごっ!? 作家になった方がいいよ〜。某出版社の編集長さん紹介してあげよっか? 対面だとアガっちゃうだろうからオンラインの方がいいかなぁ??〉
と、煽るようなコメントを直接残していくのでなかなか強メンタルである。
結局豊島さんの言葉はこの二人には全く響いていなかったというわけだが、それはそれで実はありがたい面もあったりする。
討論会で鮫洲に対して意見した豊島さんは、彼のファンから敵とみなされて総攻撃を食らう可能性があった。ところが、今のところ綾瀬が標的になってくれているおかげで、思ったよりこちらには矛先が向けられていないようだ。フォロワー数やバズの規模の面でも、豊島さんより綾瀬の方が目につくということなのだろう。
それでもSNSで何か投稿するたびに多少アンチコメントはつくようになってしまったが、「たくさんの人に知られるようになったってことだよね! 批判は勉強になるし」と豊島さんは言った。本当に、どこまでも前向きな人である。
ちなみに俺は今、新宿の貸し会議室の一室にいる。
五日前から手をつけた「ポスター掲示板巡りゲーム」がいよいよ今日ローンチする。
ボランティアメンバーの協力のおかげで想定よりも早く制作が進み、普段はリモートで手伝ってくれたいたメンバーもローンチの瞬間は一緒に見届けようということで、急きょ会議室を借りて集まることになったのである。
超スピードでプログラミングを担当してくれた大学生男子の清瀬くん、デザインと宣伝を担当してくれた広告代理店勤めの二十代後半の女性・青海さん、そしてゲーム化作業における演出面でたくさんアイディアを出してくれたシングルファーザーの四十代男性・小宮さん。そして俺を含めた四人がこの会議室内にいる。
豊島さんは街頭演説で外に出ているが、ローンチの瞬間にはリモートで立ち会いたかったらしく、出先からビデオ通話がかかってきた。
『もしもーし! そろそろ? そろそろだよね?』
通話をスピーカーに切り替えると、豊島さんの弾んだ声が会議室に響きわたり、メンバーは顔を見合わせて笑う。
「最終チェック完了です。あとはボタンクリックでローンチできます」
清瀬くんの言葉に、俺は頷く。
「じゃあ、十二時になったし予定通りローンチしようか」
清瀬くんがマウスを動かし、かちりとボタンを押す音。
「ローンチ、しました!」
「……よしッ!」
『やったー!!』
感極まって、俺たちは思わず四人でハイタッチしていた。
「清瀬くん、青海さん、小宮さん。みんな学校や仕事がある中でここまで協力してくれて、改めてありがとうございます」
「あはは、やめてよ栄多さん。栄多さんが一番頑張ってたじゃないですか。オレは単位取り終わって暇してただけだし」
「そうですよ。私、普段の仕事じゃ詰められてばっかですけど、この仕事はたくさん褒めてもらえて楽しかったです」
「僕も、子どもできてからしばらく趣味のゲーム作りできてなかったからさ。言いたいことだけ言っちゃったような気もするけど、栄多くんがまとめてくれて助かったよ」
三人の言葉に涙腺がアツくなりそうだった。
豊島さんに共感して集まってくる人は、本当に気さくで良い人が多い。
あとはこのゲームが上手くハマって、ポスター貼りが順調に進むことを祈るばかりだ。
『皆さん本当にお疲れ様です! 今日は美味しいもの食べてゆっくり休んでくださいね! わたし、お金出すので……って、それはダメなんでしたね』
てへ、と豊島さんは頭の後ろを掻く。
買収になってしまうのでアウトである。
公職選挙法はなかなか厳しい。
「大丈夫ですよ、直央さん。本当に、私たち楽しく参加させてもらってるので!」
『ありがとうございます……! 皆さんのご好意に甘えてばかりですが、そのぶん結果でお返しできるように頑張ります!!』
ぐっと力強く拳を握ると、そろそろ次の演説のための移動時間なので彼女との通話は切れた。
小宮さんは昼休みが終わるまでに会社に戻らなければいけないので慌てて会議室を出て行き、残った三人でコンビニ弁当を食べながらネットで反響を探る。
Xで告知してから、早速ゲームをプレイしてくれた人がいるようだ。
〈ポスター貼りをゲームにするとか、新しい〉
〈うちの近所、まだ貼られてないっぽいな。手伝ってみようかな〉
〈えーーー未完了掲示板に到達したら何が見れんの!? 気になる〉
今日の時点で、ポスターを貼り終えた掲示板は1万4000ヶ所中の3000ヶ所である。これでも他の泡沫候補に比べればボランティアの人たちが頑張って貼ってくれている方なのだが、まだ4分の1にも到達していないのが実情だ。
「あ、早速ポスター貼り協力したいって問い合わせ来ましたよ。三件、十件、二十五件……わ、どんどん増える!」
ゲーム化によってある程度オンラインでポスターの状況を見えるようにしたものの、実際に貼ってもらうには実物のポスターの受け渡しをしなければいけない。
ポスター1枚、決して安くはない。イタズラ防止を考えると本当はスタッフが直接受け渡しをするのが理想なのだが、そこまで人員が豊富にいるわけではないので、掲示板の網羅を優先するならある程度リスク折り込みで無人受け渡しをする方法も考えなければいけないか。たとえばロッカーを使った受け渡しとか……。
「ちょ、栄多さん栄多さん! みねあちゃんが触れてくれてますよ!」
「マジ!?」
清瀬くんに言われ、俺は慌てて自分のスマホを確認する。
みねあが何かポストすると必ず通知が来るように設定してあるので、ホーム画面に通知として彼女のポストが表示されていた。
〈え、選挙ポスターって手貼りなん!? 今、令和だが!? 豊島陣営のポスター貼りゲーム、推せるわ〜〉
こ、これは……。
「ね、ねえ清瀬くん」
「はい……!」
「推しに推されるってことはつまり、両思いってことで良いのかな……?」
「いや、さすがにそれは飛躍しすぎっすよ」
「そうです、栄多さん。今どきの若い子は息吸って吐くのと同じくらい『推せる』って言うの思い出して」
「み、みねあは若くないもん!!」
設定は十六歳だけど少なくとも四年前には投票権あったらしいもん!!
成り行きで選挙ウォッチングをすることになった俺の推し、千石みねあ。
飽き性の彼女には珍しくここまでなんとか活動を続けており、おかげで若年層やネットオタクばかりだった彼女の動画の視聴者は経済人や政治関心層にも広まってきて、チャンネル登録者数も選挙前より三万人ほど増えている。
ちなみに、これまで彼女は候補者の個人名を挙げることは滅多になかった。Z党の肌色ポスターの話や、ネット討論会で途中退席者が出たことは触れたものの、主要候補の万願寺・若林を除いてこうして個人名を挙げたことは過去なかったはずだ。
みねあによる宣伝効果はすぐさま発揮された。
豊島さんのXアカウントのフォロワーが続々と増えていき、その中にはみねあ推しの同志たちらしいアカウントをちらほらと見掛けた。
ただ、その中に馴染みのみねあ推し仲間「うめ」さんの姿はない。
……そういやみねあが活動再開してからというもの、あまりタイムラインで見かけない気がする。みねあの投票行かない宣言の時の動画を鬼リピしていると言っていたし、もしかすると政治の話題が苦手なタイプなのかもしれない。
うめさんに限らずだが、みねあが政治の話ばかりするようになってから離れていったファンも少なからずいる。
みねあは特定の思想や候補者を応援しているわけではないものの、それでも政治の話題に対して忌避感を持つ人は多い。政治を身近に感じづらい若者なら尚更だ。
俺だって、豊島さんの手伝いをするような立場じゃなかったら、選挙終わるまでみねあから少し距離を置いたかもしれない。
そんなことを考えながら新たに増えたフォロワーたちを眺めていたら、青海さんが突然勢いよく立ち上がった。
「え、栄多さん! これ、もしかしたらトレンド入りしますよ……!」
彼女は目を丸くしながらパソコンの画面を指している。
そこに表示されていたのはXの全国トレンドのランキングを表示しているWebサイトだ。
世の中的に今たくさん呟かれているキーワードが一覧として載るトレンドランキング。ここに掲載されると、普段そのキーワードに馴染みのない人の目にも触れやすい。
仕様上は50位まで設定されているのだが、多くの人が使用するXのアプリやブラウザでは29位以内くらいまでしか表示されない。
今、その30位のところに「ポスター貼りゲーム」のキーワードが……!
「上がれ……!」
「上がれ……!」
「上がっちゃえ……!」
俺たちは祈るように何度もサイトをリロードした。
ところが、数十分後。
「ポスター貼りゲーム」のキーワードの位置は変わることなく、代わりに新たなキーワードが29位の場所に表示される。
〈万願寺パパ活〉
「な、なんだこれ……?」
万願寺って、あの万願寺のことだろうか。
キーワードの勢いはぐんぐん増し、あっという間にトレンドランキングの五位にまで上がっていってしまった。
発信源は……週刊誌のXアカウントだ。
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