第15話 インターネットの強者
東京都知事選、選挙戦四日目。
豊島さんの作ってくれたうどんや買ってきてくれた薬のおかげで体調は八割まで回復。ただ念のためということで今日は演説回りは休ませてもらい、夜から手伝いに復帰することになった。
そう、通常二十時には街頭演説を終えひと段落する選挙活動だが、今夜は夜間もやるべきことがある。
他候補と一同会する、合同ネット討論会である。
「レンコン
昨日、部屋に落ちていたキーホルダーを渡すと、豊島さんは大事そうにそれを両手で抱えて頬をすりつけた。
「それ、レンコン太夫っていうの?」
レンコンの穴あき断面が顔の部分になっていて、黄色の華やかな着物を着ている不思議なキャラクターである。
「そ! 高校生くらいの時に流行ってたゆるキャラでね、中野くん知らない?」
「うーん、知らないな……」
当時はゆるキャラブーム最盛期だった。あらゆるご当地ゆるキャラが生まれては消えていった時代。このレンコン太夫もきっとその一人だろう。
「ま、わたしも最初は知らなかったんだけどね。友だちに教えてもらって、ハマっちゃって。このキーホルダーはその子にプレゼントした限定品なの。今は、訳あってわたしが預かってるんだ」
そう言って彼女はレンコンの頭を優しく撫でる。
人にプレゼントしたものを預からなきゃいけない状況って、どんなだろう。小学生の頃のプレゼント交換会くらいしか家族以外の人ともののやり取りをしたことのない俺にはあまり想像がつかない。
ちなみに今いるのは合同ネット討論会が行われる会場の外、廊下である。周囲には他の候補者やそのスタッフが続々と集まり始め、熱気が立ち込めていた。
「おう、豊島ちゃん! また会ったな」
声をかけてきたのは告示日に出会った都知事選常連候補、月島である。今日はメッシュベストではなく、「もんじゃ党」と背中に書かれた赤い
「こんばんは、月島さん。選挙活動は順調ですか?」
「おうよ! 今回も足で稼ぐ気満々だったんだけどよう、そろそろ良い年だからって、商店会が軽トラを街宣車に貸してくれるって言い出してな。来週あたりから東京中を走り回るつもりよ」
「わあ、街宣車! やっぱりあると便利ですよねえ」
「でもほら、豊島ちゃんみてぇに若ぇ子はインターネットで選挙やんだろ。連日ユーチューブ? エックス? だかで大騒ぎらしいじゃねぇの」
俺たちは苦笑いを浮かべる。その騒ぎの当事者たちが月島のすぐ後ろにいたからだ。
テレビや新聞といったマスメディアでは万願寺と若林以外の候補は存在しないかのような扱いだが、ネット上では少々情勢が異なる。
まずYouTube。候補者個人が持っているチャンネルの中で最も登録者数が多いのは間違いなく「バンデット⚔️シャーク」こと「
肩書きは「社会活動家」であるが、分かりやすい言葉で表現すれば彼は暴露系YouTuberの一人で、視聴者からのタレコミをもとにインフルエンサーのスキャンダルや社会の闇について暴露する動画を配信して人気を得ている。
今回の都知事選も「ちょっと選挙とかいう陰謀だらけのオワコンを光のもとに晒してくるわ」という主旨で立候補しているらしい。
遠目には過激で近寄りがたく感じるが、彼の掲げる正義に賛同する人は少なくないようで、選挙が始まって以降彼の配信する動画は日々視聴数を伸ばし続けている。
立候補表明時の動画の再生数はなんと三十万回。若林の会見の再生数すら超えているという脅威の数字だ。
五十六人の候補者の中で唯一顔出ししていないというのも特徴的で、今日の合同討論会には参加しないんじゃないかと思っていたが、いつの間にか会場入りしてホオジロザメの被り物を被って月島の後ろに佇んでいる。さっきからずっとスマホを高速タップし続けていて、正直怖い。
そしてXの方でバズりまくっているのは「ぷりーず♡あーや」こと「綾瀬しょう子」である。
豊島さんだって周囲の人が振り向くほど可憐なタイプではあるものの、彼女はまた別軸での美人だ。
スラリと背が高く、余計なものが一切ついていない引き締まった長い手足が特徴的。髪はゴージャスな巻き髪、身につけている服は俺でも名前の聞いたことのあるブランドものだ。アイドルさながら人前では笑顔を絶やさず、いるだけでその場が華やぐような雰囲気をまとっている。
しかしSNS、特にX上ではなかなかに嫌われ者だ。
それというのも、彼女は港区女子の指導者的な存在だからである。
主な活動はギャラ飲み女子のアテンド。
普段の投稿では港区女子としての身だしなみや言動の指南、男性から奢ってもらうコツ、繋ぎ止めるためのメッセージの送り方、既婚男性の場合奥さんに勘づかれずに関係を続けるコツなどをポストしている。
港区女子界隈や男性に媚びたい女性たちの間では「あーや先輩」と慕われ二十万人ものフォロワーを抱えているが、彼女の投稿に反発する人もまた多い(男女ともに)。
政策も「女性は全員無償で飲食できる条例」「女性には毎月十万円の身だしなみ手当を」など偏ったものが多く、これまたバズりに拍車をかけている。
この二人の話題性を見るとなんとなく察しがつくが、インターネットという戦場においては「バランス感覚のある良い人」よりも「偏っていて物申したくなる人」の方が強いらしい。
ウェブマーケティングの世界でよく使われる言葉がある。
「インプレッション数」――表示回数、という意味だ。
現代のインターネット、その中でも特にSNSはコンテンツの内容よりもインプレッション数が正義になりやすい。
インプレッション数が多い投稿ほどSNS側のアルゴリズム――表示順決定ルールのようなもの――に「これは人気コンテンツらしい」と判断され、ますます多くの人の目に触れるようレコメンドが働き、その投稿者をフォローしていなくてもタイムラインに表示されるようになるからだ。
Xにおいてはある程度アルゴリズムの点数順が公開されており、2023年時点の情報だと「いいね」を押されると1点、「リポスト」で拡散されると2点。その投稿に対して「返信」をもらうと、なんと54点。
つまり極端な話、「素敵なポストだね。いいねしとこ」となる投稿よりも、「なんだこのポストは! けしからん! 俺はこう思うからリプライしてやる!」となるよう煽るような投稿をした方がアルゴリズムに有利な点数を稼ぎやすいということだ。
たとえば「鮭おにぎりが好き」という内容を投稿するにしても、「鮭おにぎりって美味しいよね! おにぎりの中で一番好き」とポストするより、「鮭おにぎり以外の味が好きな人の気持ちがわからん。存在価値ある?www」とポストする方が反対意見をリプライで述べたくなる人が増え、表示上有利になりやすいということになる。
リアル社会での人としての好感度は当然逆なので、SNSの表示数と好感度はあまり比例しないと思っていいだろう。
ところが、だ。
「愛の反対は無関心である」という有名な言葉がある。
少し意味合いは異なってしまうかもしれないが、世の中には「知られないより、嫌われてでも名前を知られた方が有利に働く」ということが往々にしてあるのだ。
俺が若干懸念しているのは、その法則が今回の選挙にどの程度影響するのかということである。
鮫洲や綾瀬に比べると、至極真っ当な善人である豊島さんはフォロワーもまだまだ少ないし、インプレッション数も伸び悩んでいる。
マスメディアを頼れないこの状況でさらに認知度を増やすには、ひょっとすると、ある程度彼らの宣伝戦略を倣わなければいけない局面が来るんじゃないだろうか……。
「開始時間になりました。候補者の皆さん、ご入場ください」
スタッフの声がけで、ぞろぞろと候補者たちが室内に入り始める。
豊島さんはぐっとガッツポーズをすると、「行ってくるね」と小声で囁き月島と連れ立って中に入って行った。
……やっぱり、できない。
彼女には彼女らしく選挙を戦わせてあげたい。
候補者以外のスタッフは会場後方で様子を見守ることになっている。
主役たちが入場した後、俺は案内されたパイプ椅子に腰掛けてノートPCを開いた。アクセスするのは今まさに目の前で行われようとしているネット討論会の配信ページである。
視聴者たちはすでに待機を始めていて、そのコメント欄はサメの絵文字で埋まっていた……。
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