第13話 栄多の弱音
〈三十九度って大変……! 中野くん、最近頑張りすぎだよ。今日は選挙のこと気にせずゆっくり休んでね〉
豊島さんからのメールを確認し、俺は布団の中でもぞもぞと丸まった。
泣きたい。このまま消えてしまいたい。
ちょっとばかし無理をしただけで高熱とは、貧弱にもほどがある。
日頃在宅ワークで一日中家から出ず、食事といえばコンビニ飯か牛丼ばかり食べていたので、冷静に考えればもともと不健康な身体ではあるのだが。
選挙戦三日目にしてダウン。なんて役立たずなのだろう。
家にいるだけなら少しでもポスター掲示板巡りゲームの続きを作りたいところだが、寒気が止まらず身体を起こすのも億劫だった。
冬用羽毛布団を押し入れにしまわないでおいたことが不幸中の幸い。もちろん意図的ではなく、単に面倒で放置していただけだが。
こんな熱を出すなんて何年ぶりか。
あれだ、高三のセンター試験の直前だっけ。
あの時も直前に詰め込みゃ百点くらい上乗せできるだろとたかを括って、数日徹夜で勉強したらインフルエンザにかかったんだったな。
俺の悪い癖だ。
自分のことを見誤って失敗する。
人によく思われたくて虚勢を張る。
豊島さんもそろそろ分かってるんじゃないか。
俺が政治のことには何にも詳しくはなくて、ただのどこにでもいる普通の三十歳の会社員で、彼女の理想を叶えるには役不足だってことに……。
気づいたら昼過ぎだった。
いつの間にか眠っていたらしい。
身体はまだ全身だるいけど、寒気はおさまった。
朝はなりを潜めていた食欲がむくむくと湧き上がってくる。
……何か、食べるか。
しかしそう都合よく病人にマッチした食料を格納していないのが我が冷蔵庫である。
缶ビールにペットボトルのコーラ、食べかけのポテチ。胃に負担のかかるものしかない。
冷凍庫はというと、ロックアイスに冷凍唐揚げ、あとあずきバー。
ううむ。
何かインスタント食品は……そばがあった。これが一番マシそうか。
できあがるのを待ちながらスマホを確認する。
豊島さんボランティアグループのLINEオープンチャットに通知が五十件。まじか。めちゃくちゃ盛り上がっている。
頭が働かないのでざっと見ただけだが、昨日集めたボランティアの人たちが早速動き始めてくれているらしい。ポスターを百枚近く貼った、政策紹介ショート動画のストックが三本できた、今日の演説のビラ配り手伝います、エトセトラ……。
選挙期間中はカネについて厳密な管理が求められ、手伝いをする人については買収になるといけないので基本は無償で働いてもらうことになっている。にも関わらず、この熱量だ。すごい。やはりそうまでさせる魅力が豊島さんにはあるってことなんだろう。
できあがったインスタント麺を啜りながら、今度は彼女のXアカウントの動向を確認する。
演説回りは順調の様子。銀座、豊洲と予定通り東京東部エリアを訪れているのが見て取れた。LINEオープンチャットで何人か演説回りを手伝ってくれそうな人がいたし、俺がいなくても問題なく回っているようだ。
俺……必要なかったのかな。
そのままXのタイムラインを目的もなくだらだら眺める。
最近あまりちゃんと追えていなかったが、みねあのポストが目に入った。
〈選挙公報届いたので仕方なく全部読んだ。1ページ目から港区女子とか手書きの人とかいて草ァ!〉
選挙行かない発言で炎上し三週間近く活動自粛していたみねあだが、都知事選始まる前あたりにしれっと活動を再開。
炎上についてはあまり反省をしていなかったらしく、〈そんなに選挙大事って言うならさ、このポストが10,000リポストいったら都知事選の全候補者ウォッチするわwww〉などと煽るような投稿を行い、結果見事30,000リポスト超え。
配信者としての最低限のプライドはあったのか、一応有言実行で渋々選挙ウォッチャー的な活動をしている。
賛否両論あるものの、普段あまりみねあの動画を見ないタイプの政治オタク層にも注目されているようなので、視聴者拡大という意味では上手いことやったんじゃないかと思う。
ただ、彼女のタイムラインを遡っても豊島さんについての言及は見られなかった。
名前ありで触れているのは万願寺、若林についてだけ。まだ選挙戦始まって三日なので主要候補が誰なのかをようやく把握したってところらしい。
みねあは曲がりなりにもフォロワー十万人を超えるインフルエンサーの一人だ。フォロワーの数で言えば先日演説動画を拡散してくれたベテラン漫画家Tの三分の一だが、客層が全然違う。VTuberのファンは比較的若くて、ネットに強いオタクが多いのだ。彼女の煽りポストがあっという間に30,000リポストいったように、情報拡散のスピードが違う。もしも彼女が触れてくれたら豊島さんの知名度アップにもかなり影響が出そうだが……。
しばらくスマホの画面を見過ぎたせいか、頭が痛くなってきた。
もう一回寝るか。
早く回復して豊島さんを手伝わなきゃいけないし。
……いや。「なきゃいけない」なんて、思っているのは俺だけかもしれないが。
実際今日俺無しでやってみて普通に活動できるってことを彼女は実感したはずだ。
それでも良い人だから、もうお役御免なんて言いづらいだろう。
足を引っ張るくらいなら、自ら身を引くべきなんじゃないか。
もう俺がいなくてもやっていけますよね。後は頑張って、って……。
ピンポーン。
ピポピポピポピポピンポーン。
しつこいインターホンの音で目が覚める。
またいつの間にか寝ていたらしく、窓の外はすでに暗くなっていた。
インターホンはまだ鳴り続けている。
寝ぼけていた時は隣の部屋の音かと思ったが、間違いなくうちの部屋で鳴っている。
うるさいな、誰だよ。
宅配は何も頼んでなかったはずだし、イタズラか?
相変わらず重い身体をなんとか引きずって玄関まで向かう。
そんなに俺に会いたきゃ風邪菌をお見舞いしてやるよ。
力を込めて勢いよく扉を開ける。
不機嫌な声で威圧しようと顔を上げた……その時。
目が合ったのは、マスクをした豊島さんだった。
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