第12話 ポスターを制する者は選挙を制す?



 ネットでの選挙運動が導入されて早10年。

 もはや候補者たちがSNSアカウントを運用したり、YouTubeでライブ配信したりするのが当たり前になりつつあるが……それでも未だに絶大な影響力があると言われているのが「ポスター掲示板」だ。


 なぜって?


 本来政治無関心勢である俺には多分に心当たりがある。

 たとえば普段ニュースや新聞を積極的に見ない無党派層は、誰が立候補しているかなんて投票の直前まで把握しちゃいない。する気がない。

 じゃあどうやって投票先を決めるのかというと、ポスター掲示板だ。

 掲示板はだいたい投票所に向かう途中のどこかに置いてあることが多いから、当日掲示板を見て候補者の顔や名前をざっと見て、第一印象で「誰が一番マシそうか」を決めるのだ。

 真面目に選挙に取り組んでいる人からすれば、眉唾ものな話かもしれない。

 だが実際、ポスターのデザインの良さが得票率に影響するという研究結果もあるらしいので、これはマジだ。

 ポスター掲示板は老若男女問わず幅広いターゲットにアプローチでき、かつ投票直前の後押しをするのに欠かせない不動のツールなのである。


 ところで、お気づきだろうか。

 掲示板には必ずしも全候補者のポスターが貼られているわけではないということに。


 選挙戦二日目、午前六時。

 俺は今、足立区にいる。

 埼玉県との県境、駅から自転車で二十分ほどかかる住宅街。

 細々と線路が張り巡らされた23区内では逆に珍しい、陸の孤島と化したエリアである。

 ここに何をしに来ているかというと、ポスターを貼りに来ている。


 そう、驚くことなかれ。

 ビラ証紙と同じく、ポスター貼りも候補者陣営による手作業なのだ。

 都知事選のポスター掲示板は全部で1万4000箇所。

 シンプルに選挙期間の17日で割ってみよう。一日あたり、平均823箇所。一日16時間活動するとしても、一時間あたり51箇所に貼る計算になり、掲示板間の移動に少なくとも5分はかかることを考えると、一人の力ではまず無理という結論になる。


 それじゃあみんなどうやって貼っているのかというと、金さえあれば業者に頼むという手がある。組織力さえあれば、ボランティアの力を借りるという手を使う。どちらもない陣営は……貼れるところに地道に貼るしかない。


 人通りの多い主要駅付近には演説がてら貼っていくので、演説をできない時間は自宅付近からまず貼っていくというのが当陣営の戦略だ。

 彼女は西サイド、俺は東サイド。

 自宅の近くから自転車で順に貼って回っていたらここに辿り着いた。

 東京都、北東の果て。

 三十枠ある掲示板。貼る権利のある候補者は五十六人。だが、ポスターが貼ってあるのはたったの三人。

 主要候補の万願寺、若林、そしてもう一人がテレポートゆうこである。


 ……誰?


 ポスターには口元を黒いヴェールで覆ったミステリアスな雰囲気の女性が写っている。化粧が濃いのでいまいち年齢が分からない。グレーのカラコンが入った瞳がやたら目力強いのが印象的だ。

 肩書きは「占い師」。政党名は書いていないし、これまで名前を聞いたことが無いので豊島さんと同じく「主要候補以外の候補」の一人だとは思う。

 だが、その割に彼女のポスターを見かけるのは今回が初めてじゃない。

 今日回った五箇所の掲示板のうち全てに貼ってあった。すべて駅から離れた、泡沫候補にとっては非効率な住宅街エリアに、だ。


 もしかして、密かに人気のある候補なんだろうか。

 思わずスマホで彼女の名前を検索する。

 ほら、こういうことがあるからポスターの効果は馬鹿にできないのだ。


「って、マジか……」


 検索結果を見て背筋が凍る。

 テレポートゆうこの公式サイトには、でかでかとこんなバナーが貼られていた。


〈カラダの内側から美しく。ゆうこウォーター、水素濃度88%、サロン限定で好評発売中〉


 そっと公式サイトを閉じる。

 これはあかん。あかんやつだ。

 それこそ俺が最初に豊島さんに勧誘されると疑ったタイプの組織の人である。


 もう一度、まじまじとポスターを見てみる。

 テレポートゆうこのポスターはしわ一つなく綺麗に貼られており、主要候補二人と堂々と肩を並べていた。

 彼女の人となりはさておき、政治経験のない候補者がここまでポスターを網羅しているのは素直にすごいことである。資金力もしくは組織力のいずれかがなければ成し遂げられない。

 テレポートゆうこにはそれだけ力があるということであり、豊島さんは現時点で彼女に追いつけていない。


 自然と拳に力が入るのを感じた。

 以前にも同じようなことがあった。

 推しているアイドルの知名度がどうしても足りなくて、センターを決める総選挙での敗北が目に見えていた。

 当時の俺は大学生。バイト代全額突っ込んでも、買えるCD投票権の数には限りがあった。

 俺にもっと金があれば、人望があれば。彼女をセンターに導くことができたのに。

 悔しくて、悔しくて。

 でも、どう足掻いたって俺にあるのは時間と有り余る推しへの愛だけだった。

 だから……確か、そうだ。

 推しの聖地を巡るだけの簡単なブラウザゲームを作った。

 生誕地、オーディション会場、初めてライブをやった場所、メンバーで打ち上げしてたカフェ、こけて骨折した階段。GoogleMapの機能を使ってそれらの場所の座標にピンを置き、実際に現地に行って位置情報がピンと一致すると、その聖地にまつわる推しの言動がブラウザ上でポップアップする仕組みである。

 それが同志の中でそこそこ話題になって、何人かは聖地巡りを遊んでくれた。最終的には、推し本人にも認知されてラジオで話題にしてくれたんだっけ。


 ……待てよ。

 もしかしてその仕組み、この選挙戦にも応用できるんじゃないか……?


 ポケモンGOやドラクエウォークなど、今大人気の「位置情報ゲーム」というジャンル。

 実は老朽化したマンホールをゲーム感覚で市民ボランティアに発見してもらうなど、自治体の取り組みにも応用された事例があると聞く。

 忙しい現代人だからこそ、近所の散歩ついでにできる遊びがヒットするのだろう。


 まだ豊島さんのポスターが貼られていない掲示板をマッピングして、そこに到達すると何か特別なコンテンツが見られる仕組み。

 これがあれば、ゲーム感覚でポスター貼りに協力してくれる人を得られんじゃないだろうか。


 幸い、掲示板の位置情報はすでにリストアップしてある。

 選挙管理委員会からは1万4000箇所分の紙の地図をどさっと渡されたのだが、それをコピーして二人分にするのは印刷費がかさみそうだったので、手作業でエクセルに位置情報を転記しておいたのだ。

 それを座標に置き換えれば……イケるかも。

 

 あとは現実問題、時間が足りない。

 学生だったあの時とは違って、今の俺には時間がない。

 スマホで時間を確認すれば、もう七時を回っている。そろそろ豊島さんと合流して演説の準備をしなければいけない時間だ。

 今日は山手線沿線を回って演説をする予定になっている。二十時までは演説の手伝いと移動とその隙間を縫ってSNS更新をしなければならず、忙しい。


 誰か、お願いできそうな人はいないだろうか……。


 何気なく豊島さんのXアカウントの様子を見て、ふと気づいた。

 昨日特急で仕上げたショート動画にいくつかコメントがついている。


〈政策に共感しました。何かお手伝いできることがあれば手伝いたいです〉

〈動画編集得意です。言ってくれればやりますよ〉


 いるじゃないか、ここに!!

 やっぱり選挙はたった二人でやるには限界がある。

 俺は豊島さんに連絡して、ボランティアを受け入れないか打診した。

 二つ返事でオーケーだったので、俺は帰宅してすぐLINEオープンチャットという誰でも使える機能を使ってボランティアのチャットグループを立ち上げた。

 直接リプライしてくれた人にはDMで連絡を入れ、他にもボランティアを募集する旨をXに投稿。


 その日のうちにポスター貼り、動画編集、演説でのビラ配りを手伝ってくれる人が十人ほど集まった。

 初めはたった二人だったのに、一気に大所帯だ。

 特に動画編集は地味に時間がかかるので、手が空いたのは大きい。

 俺はその分、ポスター貼りのゲーム化作業を進めることにした。

 本格的に作業開始したのは一日の演説回りから帰宅して二十一時。

 掲示板の位置情報を座標化して、地図に落とし込んで。

 未完了掲示板への到達ボーナスは豊島さんが演説の合間にサンクスメッセージのショートムービーをいくつか撮ってくれた。

 「ありがとう」一つ言うのに満面の笑み、ウインク、お辞儀、上目遣い、と何パターンもバリエーションを作ってくれたので、やはりリア充界を渡り歩いてきた人は違うなと思った瞬間であった。


 しばらく作業に専念して……だんだん眠気で手が動かなくなってきたのが深夜三時。

 そういえば昨日も政策紹介のショート動画のストック分を編集してたらこの時間だったような。

 もう少し作業したいところだが……そろそろ寝るか。

 この調子なら一週間後にはリリースできるだろう。



 なんて、見通しは角砂糖よりも甘く。

 翌日、俺は三十九度の高熱を出す羽目になったのであった。


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