103 『伝説の竜姫、失われた記憶を取り戻す(6)』

 ————ほどなくして一行は頭上に十字架クロスいただく純白の建物へと到着した。

 

 王宮の敷地内にあって、アンヘリーノのサン・エミリオ教会などと比べるとさすがにこじんまりとしたたたずまいではあるが、ステンドグラスや扉などの意匠は少しも引けを取らない見事なものであった。

 

「この中にフランチェスコたちが……」

 

 十字架を見上げながらベルがつぶやくと、ヤンアルが再び耳打ちをする。

 

(……気を付けろ、ベル。何か妙な力に疎外されて内部の気配が掴めない)

(それは……彼女・・の魔法ということかな)

 

 ベルとヤンアルは前方に立つティーナへと視線を向ける。

 

(おそらくな。とにかく教会の中に何人の人間がいるのか分からない以上、用心した方がいい)

(そうだね。だが、外から中の様子が分からないということは、逆もしかりだろう。教会ここは俺たちをおびき寄せる罠かも知れない。もしもの時のためにキミは外で待機していてくれ)

(いや、いざとなれば『翼』の力であの絵付けガラスステンドグラスから脱出させてやる。背中は任せろ)

(……本当に頼もしいな、キミってヤツは……!)

 

 ヤンアルに勇気をもらったベルは左眼をウインクして見せる。

 

(だが、男として愛するひとからお姫様抱っこされるワケにはいかないからね。精々そうならないように気を付けるよ)

(ふふ、ベルの軽口が出たということは大丈夫だな)

「————相談は終わりましたか?」

 

 扉に手を掛けたティーナが急かすように声を掛けてきた。

 

「相談だなんてとんでもない。あのステンドグラスがあまりに見事なもので見惚れていたんですよ」

「……では、見飽きたところで中にお入りください」

 

 扉を開いたティーナに促され、ベルとヤンアルは教会の内部に足を踏み入れた。

 

 教会の中は外からの見た目通りさほど広いものではなく、中央の通路を挟んで木製の長椅子が整然と並べられたポピュラーなものであった。左右の柱には煌々と蝋燭が灯され、その淡い灯りによって幻想的な雰囲気が醸し出されていた。

 

 次いでベルは正面奥へと視線を向けた。そこにはしゅの姿をえがいた巨大な宗教画が掛けられており、その手前の祭壇では一人の男がこちらに背を向けている姿があった。その男は紫紺のローブのようなものを羽織っているが、もちろんこの教会の神父などではない。

 

 紫衣の男を呼び掛けようとベルが口を開いた時、

 

「————ベル。キミはしゅを信じているかね?」

 

 紫衣の男に機先を制されたベルは一度口をつぐんで、再び口を開いた。

 

「……もちろん。ロセリアの民として信じているよ。そう言う貴方あなたは? ————フランチェスコ」

「…………」

 

 紫衣の男————フラーは無言でゆっくりと振り返った。

 

「信じてはいるが、信奉はしていない————かな」

「……それじゃあ、貴方はしゅの代わりに何を信奉していると?」

「————聖ロムルスだ」

 

 フランチェスコの答えにベルは意表を突かれた。

 

(聖ロムルス……? この王都・ロムルスの礎を築いた偉大な聖人に違いはないが……)

 

 意外な答えにベルが考え込んでいると、ヤンアルが一歩踏み出してその漆黒の双眸をフラーへ向けた。

 

「————フランチェスコ、お前が何を信奉しているかなど今はどうでもいい。お前が何をしようとしているのかもな」

「……ロンディーネ————いや、ヤンアル。無事にベルとヨリが戻ったようで良かったじゃないか。僭越ながら祝福を贈らせてもらうよ」

 

 薄暗い教会にフラーの奏でる拍手の音が響き渡る。わずかに頬を染めたヤンアルはその不快な音を掻き消すように声を荒げた。

 

「そんなことよりアリーヤとロンジュを解放しろ!」

「解放……? アリーヤという娘は分かるが、ロンジュを解放とは……?」

「とぼけるな……! ロンジュの記憶が曖昧なことにつけ込んで意のままに操っているだろう……‼︎」

「……心外だな。記憶を失ってこのロセリアに迷い込んだロンジュを教え導いてきたというのに、それを操っているなどと……。弁解するようだが、ロンジュがあの娘を連れ帰ったのは私の指示などではないぞ」

「分かっている。だが、このままお前の元にいてはロンジュはますます誤った行路みちを進むことになる」

「…………」

 

 ヤンアルの指摘にフラーはしばし沈黙した後、ゆっくりと口を開く。

 

「————では、キミの元にいればロンジュは正しい行路みちを歩めるとでも?」

「……それは…………」

 

 言い淀むヤンアルにフラーが続ける。

 

「私が思うに、ロンジュが不安定になってしまったのはキミたち二人のせいだ。ベル、ヤンアル」

「何を言っている⁉︎」

「ふざけるな!」

 

 ベルとヤンアルが同時に否定の声を上げるが、フラーの鋭い眼光にめつけられ思わず黙り込んだ。

 

「————まず、ヤンアル。キミがロンジュに母性というものを与えてしまったために、彼は混乱して精神が不安定になった。それも当然だろう。教育方針の違う両親の間に挟まれた子は得てして行路みちを間違えるものだ。彼に与えるのは私の父性だけでよかった」

 

 そう言ってフラーはヤンアルに向けていた視線を隣のベルへ移した。

 

「————そして、ベル。キミは私とヤンアルの間で揺れ動いていたロンジュの前に突然現れ、彼から母親ロンディーネを奪い去ろうとした。彼がキミを恨むのも無理からぬことだろう。そして、母親ロンディーネを取り戻そうとしたこともね……」

「…………言いたいことはそれだけか」

「何……?」

 

 首を傾げて訊き返すフラーにベルは指を突きつけた。

 

「————父親を気取るのなら息子に間違ったことをさせるな! アリーヤは母親ロンディーネなんかじゃない! それにロンジュにカステリーニ親子を殺させようとしたのはどう弁明する⁉︎」

「カステリーニか。奴らは領主の権力を傘に税の横領、非合法カジノの運営、希少な素材マテリアルの横流し、人身売買の斡旋、果ては————キミも体験したように殺しも平気でやるようなクズだった。私としても最初は良い取引相手だったのだが、奴らはやりすぎた・・・・・

「……だから始末したとでもいうのか……! 彼らが罪を犯したというのなら証拠を突きつけて裁判にかけるべきだった。貴方は自分が神にでもなったつもりか……!」

「…………」

 

 『裁判にかけるべき』というベルの言葉にヤンアルは無言でうつむいたが、フラーは悪びれる様子もなく腕を広げた。

 

「キミも領主の端くれなら一時の感情に流されずに大局を見ろ。裁判になど掛けようものなら無駄に時間と費用がかさむ。奴らも持てる権力の全てを用いて徹底抗戦するだろう。その間、デルモンテ州の領民はどうなる? 速やかに有能な領主を配置させたことで州都の混乱はわずかなもので治まったのだ」

「……そんな領主に俺はならない……! 俺の父は俺にそんな間違った教育は施さなかった……‼︎」

「…………」

 

 溜め息を漏らしたフラーは「やれやれ」といった様子で首を振った。

 

「……どうやらこれ以上話しても時間の無駄にしかならないようだな」

「それには同意するよ。俺の命を救ってくれた貴方には感謝しているが、罪は罪だ。王へ進言させてもらう」

「どうやって? 弱小領主の小倅の————それも不法侵入者であるキミの言うことを王が信じるとでも思っているのかね?」

不法侵入それについては相応の償いはするさ。さあ、話は終わりだ! アリーヤとロンジュを返せ‼︎」

「分かった、分かった。そうキャンキャン吠えるな」

 

 面倒臭そうにフラーがパチンと指を鳴らすと、後方の扉がゆっくりと開き始めた。

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