102 『伝説の竜姫、失われた記憶を取り戻す(5)』
『老師』を名乗る不思議な人物と遭遇を終えたベルとヤンアルはついに王宮へとたどり着いた。
「————さてと、どこかのカフェでさっきの老師とかいう奴の正体についてキミとゆっくり語らいたいところだけど、着いてしまったな」
「余裕だな、ベル。鬼が出るか蛇が出るか分からないんだぞ?」
「大体俺がこういう軽口を叩く時は逆に余裕がない時だよ。キミもとっくに分かっているだろう?」
「確かにな。だが、緊張で身体が縮こまっているよりは良い」
「キミが隣にいてくれれば俺は自分でも信じられないくらいに力が湧いてくるんだ」
「私も一緒だ」
ベルとヤンアルは顔を見合わせ、お互いに微笑みを交わす。
しばし見つめ合っていた二人だったが、再び王宮へと向き直った時には引き締まった表情へと戻っていた。
「……ベル。確認しておくが、私はフランチェスコをどうこうするつもりはない」
「俺も同じさ。気の合う友人にはなれないかも知れないが、彼も俺の命の恩人だ。間違ったことをしているのなら正してほしいとは思うが、俺たちの目的はあくまでもアリーヤとロンジュを救い出すことだ」
自らの気持ちと一言一句違わぬベルの言葉に、ヤンアルは
「よし。じゃあ、行こうか、ヤンアル。俺に付いてきてくれ!」
「————あっ! 待て、ベル!」
「えっ?」
跳躍して長大な塀を乗り越えようとしたベルが、ヤンアルの制止の声に振り向いた時、
「ッ⁉︎」
『バチッ』という音と共にその身体は塀の上から弾かれ、地面に向かって落下していく。
「————くっ!」
空中でクルリと受け身を取ったベルはなんとか無事に着地して、ヤンアルに無様な姿を晒すことを免れた。
「大丈夫か、ベル⁉︎」
「……あ、ああ。だが、今のは……⁉︎ 塀を乗り越えたと思ったら何か視えない壁のようなモノに身体が弾かれたぞ……⁉︎」
「すまない、ベル。言うのが遅くなったが、王宮の城壁の上部には絶えず魔法障壁というモノが張られているようなんだ」
「魔法障壁⁉︎ それは結界みたいなモノかい……⁉︎」
「よく分からないが、そうだと思う」
「……そういうことは俺がカッコつける前に教えてもらえると嬉しかったね……」
苦笑いを浮かべたベルは先ほど自分が弾かれた辺りを睨みつけて口を開く。
「……さて、どうしたものかな。結界が張られているとなると、正門か通用口を通らないといけないが、どちらも門番がいるしな。出来ることなら荒事は避けたいが————」
「————荒事にはもうなっています」
声のした方へ顔を向けると、いつの間に現れたものか眼鏡にツルに指を添えて仁王立ちしている女性の姿が見えた。
「……マルティーナさん……! どうしてここへ……⁉︎」
恐る恐るといった様子で尋ねるベルに、ティーナは呆れたように溜め息をついた。
「……どうしても何も障壁を張っていたのは私です」
「
「ええ」
こともなげに話すティーナにベルは驚きを隠せない。
(……この広大な王宮を囲う結界を彼女が……? 数人掛かりでの仕事かも知れないが、それにしても大した術師であることは間違いない。さすがはフランチェスコの配下といったところだな……!)
「夜間に障壁に接触した時点で
「…………ッ」
反論の余地が無く黙り込むベルにティーナが続ける。
「まあ、この件については不問に致しましょう。どうぞこちらへ」
「えっ?」
ティーナの意外な言葉にベルは素っ頓狂な声を上げた。
「……俺を衛兵に突き出さないのですか……?」
「
「フランチェスコが……⁉︎」
警戒する様子のベルに対し、ティーナは眼鏡をクイッとして見せる。
「貴方も主に御用があるのでは?」
「……彼に、というより俺の連れの女性とロンジュにです。戻っているんでしょう?」
「ええ」
「彼女は、アリーヤは無事なんでしょうね……⁉︎」
ベルが語気を強めて尋ねるが、ティーナはクールな表情を崩さずに答える。
「もちろんです。誤解の無いよう先に申し上げておきますが、あの女性を連れ帰ったのはロンジュの独断です。主の指図ではありませんので、お間違えなきよう」
「……ロンジュは何故あんなことを……⁉︎」
「さあ? それは私には分かりかねます」
ティーナは素っ気なく言うと、身を
————通用口から再び王宮の敷地内に入ったベルとヤンアルだったが、予想に反して内部は静かなものであった。
(……てっきり王宮に足を踏み入れた瞬間、衛兵に取り囲まれるものかと思っていたが拍子抜けだな。まさか、フランチェスコは穏便にアリーヤを返してくれるつもりなのか……?)
周囲を警戒しながら歩いていると、ヤンアルが近付いて小声で話しかけてきた。
(大丈夫だ、ベル。辺りに伏兵はいないようだ)
(うん、そうみたい————)
「————ロンディーネ」
その時、前を歩くティーナが振り返らずにヤンアルを呼びかけた。
「それが貴女の素顔なのね……?」
「マルティーナ。ロンディーネというのは仮の名だ。私の本当の名はヤンアルという」
「……知っているわ。以前、ガレリオ卿がうるさいくらいに連呼していたから」
「…………!」
ヤンアルは少し頬を赤くしてベルへ恨めしげな視線を送るが、銀髪の男はそれには気付かず胸に手を当てた。
「————マルティーナさん。礼を言わせてください」
「……礼、とは……?」
「貴女がヤンアルに俺の居場所を伝えてくれたおかげで彼女と再会することができました。本当に感謝しています……!」
足を止めてベルが頭を深々と下げるも、ティーナは背を向けたまま答える。
「……礼を言われるほどのことではありません。そんなことより、『新たなロンディーネ』の心配はなさらないのですか?」
含みのあるティーナの言葉にベルは慌てて頭を上げた。
「————もちろんアリーヤの心配はしていますよ! だからこうして不法侵にゅ……ではなく、彼女を返してもらえるようにお願いに上がっているのです!」
「……そうですか。ご希望が叶うといいですね」
「はい————……?」
返事をしながらふと周りに眼を向けたベルは以前来た時と道順が違うことに気が付いた。
「……マルティーナさん、道を間違えていませんか……?」
「ガレリオ卿、私をそちらの方向音痴と一緒にしないでください」
「む……」
口を尖らせるヤンアルに構わずティーナは続ける。
「いま向かっているのは王宮内にある教会です」
「教会? そこにフランチェスコやロンジュにアリーヤがいるんですか?」
「ええ」
「……何故、教会に……?」
「…………」
しかし、ティーナはベルのその質問には黙して答えなかった。
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