061 『弱小領主のダメ息子、昏睡状態から覚醒する(2)』

 ヤンアルが失踪したと聞いた兄の様子が気になり、レベイアは再びベルの部屋を訪れた。

 

「————お兄様。少しよろしいですか?」

「……開いてるよ」

「失礼します」

 

 レベイアが部屋に入ると、上半身裸のベルが腕立て伏せをしている姿が見えた。

 

「……な、何をなさっているのです……?」

「見ての通りだ。筋トレだよ」

 

 憑き物が取れたような爽やかな笑みを浮かべながらベルが答えた。

 

「それは分かりますが、どうして突然そのようなことを……? お兄様はガスパールやミケーレにトレーニングに誘われても、なんだかんだ理由をつけて断られていたではありませんか」

「……うん、そうだな。でも、身体を鍛えておかないとヤンアルを捜しに行けないからな」

「え————⁉︎」

 

 ベルの言葉にレベイアは眼を丸くした。

 

「……お兄様、今なんとおっしゃいまして……?」

「俺はヤンアルを捜しに行く」

「…………! ど、何処どこに行ってしまったのかも分からないのですよ?」

「構わないさ。地のはて、天の涯だろうと何処まででも追いかけてやる」

「……ヤンアルがそれを望んでいないとしても……ですか?」

 

 試すような口振りでレベイアが訊くと、ベルは自信満々に言い放つ。

 

「————レベイア。お前は肉親でもない男に自分の血を分け与えたりするか? そんなこと相手に愛情がなければ到底出来ないぞ」

「……お兄様、なんだかお変わりになられましたわね」

「ああ、なんだか眼が覚めてから身体の調子が凄くいいんだ! ————ホラ、こんなことも出来るぞ!」

 

 ベルは腕立て伏せの状態から脚を浮かせて倒立して見せた。そこからさらに突いた指を一本ずつ減らしていき、遂には人差し指だけで静止したと思えば、指だけで跳躍して一回転した後華麗に着地した。

 

「————す、凄いですわ……! お兄様、いったいどうなさったの……⁉︎」

「……分からない……でも、なんだか身体の底から今まで感じたことのない力が湧いてくる感じだ……!」

 

 左胸の傷痕に触れながらベルが言った。

 

 

            ◇

 

 

 上着を着たベルは中庭へ場所を移していた。

 

 右手を前に突き出し、呪文を唱える。

 

「————『フゥオーコ』!」

 

 ベルの掌から発せられた火球が10メートル先の大岩を直撃してその表面を半分ほど溶かしてしまった。

 

「————凄い! あんな大きな岩が溶けてしまいましたわ!」

 

 そばで見ていたレベイアが喝采の声を上げた。

 

「……明らかに以前まえより威力が上がっているな。今のは『フゥオーコ』というより『フィアンマ』に近い」

「でも、どうして……? 急に魔法が強くなって、身体能力まで上がっているなんて……⁉︎」

 

 不思議そうにレベイアが首をひねると、何かに気付いたようにベルが口を開いた。

 

「————もしかして……」

「何かお心当たりがありまして?」

「ああ。あくまでも仮説だが、ヤンアルに治療されたことが関係しているのかも知れない……」

「……どういうことですの?」

 

 レベイアに尋ねられたベルは身振り手振りを交えて説明する。

 

以前まえに父上が体調を崩された時、ヤンアルが背中に掌を当てると不思議なことに体調が戻られたばかりか、以前よりも丈夫になられたように思うんだ」

「……確かに……。お父様、以前よりも顔色が良くなられたかも知れませんわね。つまり、ヤンアルに治療された時の不思議な力がお兄様の身体に宿ったと……?」

 

 ベルは胸に手を置いてうなずいた。

 

「それだけじゃない。この身体にはヤンアルの血液が流れている。ヤンアルの不思議な力と血液の相乗効果……そのせいかも知れない」

「それでは、その黒い左眼も……?」

「そうかもな。……そう言えば————」

「……どうなさいましたの?」

「いや、結局俺を刺した犯人って誰だったんだ……?」

「…………!」

 

 ベルの言葉にレベイアはあの時のことを思い出したようで表情が強張った。

 

「……申し訳ありませんが、犯人を見つけることは出来ませんでした……」

「————キャッ!」

 

 いつの間に近付いて来たものか、二人の背後にファビオが立っており、驚いたレベイアが声を上げた。

 

「ファビオ。そうだったのか」

「……ええ、ちなみに同日カステリーニ家の当主と御子息が揃って亡くなられておりまして、二つの件を関連付ける声もございます……」

「————えっ⁉︎ カステリーニ親子が⁉︎」

「……はい。ただ彼らの死因は心臓発作だそうですが……」

「……そんなことが……!」

 

 うつむいて考え込むベルにファビオが尋ねる。

 

「……ベルティカ様は驚かれないのですね……」

「え?」

「……気配を消した私が近付いていたのが分かっておられたのでしょうか……」

「ああ、なんだか目覚めてから五感も鋭くなったようでね。気付いていたよ」

「……恐れ入りました。ご回復、おめでとうございます……」

「ありがとう。ミキとお前が倒れた俺を運んでくれたんだって聞いたよ」

 

 ベルが頭を下げたが、ファビオはそれには答えず、

 

「……ところで、私をお呼びになられたのは……?」

「うん、少しトレーニングに付き合って欲しいんだ」

 

 ベルはそう言って拳を構えて見せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る