023 『弱小領主のダメ息子、伝説の竜姫と服を買いに行く(6)』

 ほどなくして駆けつけてきた憲兵にベルは酔い潰れたゴロツキたちを引き渡した。

 

「ガレリオ卿。街の治安を乱す不届者の確保にご協力、誠にありがとうございました! 御礼申し上げます!」

 

 憲兵のリーダーらしき男が敬礼しながら堅苦しい口上を述べる。

 

「ああ、いや……まあ、はい」

「この辺りの裏通りの廃墟を不法占拠して窃盗や恐喝、果ては婦女暴行などを行う者たちには手を焼いていたのですが、こうして一網打尽にできたことは誠に喜ばしいことであります!」

「ええ……そうですね。それは、何よりです」

 

 熱い口調のリーダーとは対照的にベルはなんとも歯切れが悪かった。それもそのはず、彼は何もしていないのである。

 

「ところで、ガレリオ卿。こちらの女性は……?」

 

 リーダーは何杯もブランデーを空けておきながらケロっとしているヤンアルの素性を尋ねてきた。

 

「あ、ああ。彼女……いや、これは私の家の新しいメイドでして……。どうやら私が眼を離した隙にこの不逞ふていの輩にここに連れ込まれたようで……」

「何を言っている、ベル。私は『めいど』とかではないぞ」

「は……?」

 

 空気の読めないヤンアルに否定されると、ベルは慌ててブンブンと手を振った。

 

「あ、いや、気にしないでください! どうも無理矢理酒を飲まされたので、意識が朦朧としているようです!」

「はあ、それはお気の毒に……。よろしければ憲兵隊のかかりつけの医師に診ていただきましょうか?」

「いや、それには及びません! 所用があるので私たちはこれで失礼————!」

 

 ヤンアルの素性を色々と詮索されてもかなわないので、ベルはヤンアルの手を取ってそそくさと退散した。

 

 

          ◇

 

 

 ————ヤンアルと共に表通りに戻ってきたベルはようやく手を離した。

 

「……ふう、とりあえずここまで来れば大丈夫だろう」

「ベル、どうしてこんな逃げるように店を出たんだ?」

 

 不思議そうにヤンアルが尋ねる。

 

「ああ、さっきの彼らは憲兵……役人なんだ。キミのことをアレコレ訊かれても面倒だからね。メイドだなんて言ってすまない」

「なるほど、役人か。確かにそれは面倒だな。それで、これからどうするんだ?」

 

 納得した様子でヤンアルが言うと、ベルは笑顔を見せて答える。

 

「それはもちろん当初の予定通り、キミの服を買いに行くのさ」

「……分かった。よろしく頼む」

 

 ヤンアルが微笑んだ時、二人の脇を走っていた男の子が石につまずいて転んでしまった。リチアと同じくらいの年のようだが、やがて男の子は大きな声で泣き出した。

 

「あらら、どうした、大丈夫か?」

 

 ベルがしゃがんで見てみると男の子の膝に血がにじんでいる。どうやら転んだ拍子に膝を擦りむいてしまったようだ。

 

「うん、擦りむいただけのようだな。痛いには痛いだろうが、男の子は女性にフラれた時と母親マンマが亡くなった時しか泣いちゃダメなんだぞ? キミ、名前は? マンマは一緒じゃないのか?」

 

 ユーモアを交えて男の子の気を紛らわそうとしたベルだったが、男の子はギャン泣きするばかりで答えてくれない。

 

「仕方ない。それじゃ、こんな時のために俺がマンマに教えてもらったおまじないを唱えてあげよう。『いたいの、いたいの、とんでけー』!」

 

 擦りむいた膝をハンカチで押さえながら取っておきの呪文を唱えてみたが、それでも男の子は泣き止まず、ベルは困った様子で頭をかいた。

 

「……まいったな。俺の時はこれで一発だったんだが。やはりマンマが唱えないと効果がないのか?」

「————『いたいの、いたいの、とんでけ』」

 

 ここまで黙って見ていたヤンアルが呪文と共に手をかざすと、次第に男の子が泣き止みスクッと立ち上がった。

 

「……すごい、おねえちゃんが手をあてたらあたたかくなって、いたくなくなった……!」

「ふふ、ベルのおまじないとやらが効いてきたんだろう。だが、お前も男だったらこれしきの傷で泣いていたらいけないぞ」

「うん! ありがとう、おねえちゃん!」

 

 男の子は嬉しそうに手を振って、また走り出した。

 

「ヤンアル……今のは、以前まえに俺の傷を治してくれた技か?」

「うん。技というほどのものではないが、かすり傷程度なら問題なく治せそうだ」

「……そうか、うん。じゃあ、今度こそ服を見に行こうか」

「ああ、行こう」

 

 ヤンアルは今度は見失わないようにベルの横にピッタリついて歩き出した。

 

 

         ◇ ◇

 

 

「————うん! 白もいいが、やっぱりヤンアルには赤が似合うな!」

 

 自分が見立てた洋服を着たヤンアルが試着室からおずおずと出てくると、ベルは腕を組んで満足そうにうなずいた。

 

「……そ、そうか……? 確かにこの色は落ち着くが、このヒラヒラしたは少し落ち着かない……」

 

 ヤンアルは少しモジモジしながらスカートをつまみ上げる。

 

「『も』? ああ、スカートのことか。こっちじゃ女性が普通に着用しているよ。一着くらい持っていてもいいだろう。あとは、コレとソレとアレも試着してみよう」

「かしこまりました、ベルティカ様」

 

 ガレリオ家御用達ごようたしの服屋の主人がベルが選んだ洋服を次々と持って来る。ヤンアルは困った顔でベルに助けを求めた。

 

「ベル、私はこの一着だけで構わないぞ」

「そんなワケにはいかないよ。普段着に動きやすい服に室内用や寝間着パジャマ、それに正装ドレスも必要だろう」

「ぱ、ぱじゃま? どれす……⁉︎ しかし、そんなに買ったら代金がとんでもないことになるんじゃないのか……?」

「ハハッ、それで遠慮していたのか。安心してくれ、ここは手頃な生地をいかにも高そうに見える服に仕立て上げることについては他の追随を許さない店なんだ。さあ、次はこれを試着して見せてくれ」

「わ、分かった」

 

 ヤンアルが試着室に引っ込むと、服屋の主人が苦笑する。

 

「ひどいことをおっしゃられますな、ベルティカ様」

「すまん、すまん。しかし、良心的な価格で良いデザインの服を用意してもらえて本当に感謝しているんだ」

「お褒めの言葉と受け取っておきましょうか」

「ああ、是非そうしてくれ」

「————べ、ベル、これでいいのか……?」

 

 その時、恥じらうような声と共に試着室のカーテンが開き、振り向いたベルは時間が止まったかのようにその動きを止めた。

 

 

 ————そこには、真紅のドレスを身に纏った絶世の美女が立っていたのである。

 

 

「…………」

「お、おい、黙ってないで何か言ってくれ」

「……本当に綺麗だ…………」

「————茶化すのはやめてくれ……!」

 

 珍しくヤンアルは恥ずかしそうに頬を赤く染め、ベルに背中を向けた。

 

「……茶化してなんかいないさ。特にその開かれた背中が美しいよ。あの翼があっても似合うだろうな」

「翼、ですか……?」

 

 服屋の主人が怪訝けげんな表情を浮かべると、ベルは慌てて否定する。

 

「あ、いや、なんでもない。試着はもう大丈夫だ。全部購入するから包んでくれ」

「……? かしこまりました」

 

 服の包みを受け取ると、ベルはヤンアルの手を引いて再びそそくさと店を後にした。

 

 

        ◇ ◇ ◇

 

 

「————ふう。危ない、危ない。キミに注意してくれと言っていたのに、俺の方がボロを出しそうだったな」

「全くだ」

 

 動きやすいゆったりとした普段着に着替えたヤンアルを見て、ベルは自らのアゴに手を当てた。

 

「しかし、キミは変なところで恥ずかしがるんだな。カレンと決闘した時は服が破けても平然としていたのに」

「う、うるさい。さっきのようなヒラヒラとしたころもは着慣れていないんだ!」


 ヤンアルはまたも頬を赤らめながら声を上げた。


「……でも、私のためにこんなに新しい衣を買ってくれてありがとう。ベル」

「気に入ってくれたなら何よりだ。さてと、目当ての服も手に入れたことだし、次はどうしようか?」

「私は食事がしたい」

 

 ヤンアルが答えた時、正午を告げる鐘が鳴った。

 

「そうだね、ちょうど昼時だ。何を食べ————あっ!」

「どうした、ベル⁉︎」

「…………マズい、レベイアとカレンに殺される……‼︎」

 

 一時間後には鐘楼しょうろうで一度合流するという約束をベルはすっかり忘れていた。

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