004 『弱小領主のダメ息子、伝説の竜姫をお持ち帰りする(2)』

 開け放たれた窓から夜の澄んだ風が部屋の中に吹き込まれ、ベルとミキ、二人の銀髪と赤毛を揺らした。

 

 ミキは反射的にベルを庇うようにして窓へと視線を送る。

 

「————誰だ!」

 

 窓に向かってミキが誰何すいかの声を上げると、一人の闖入者ちんにゅうしゃが姿を現した。

 

『…………‼︎』

 

 その妖しくも美しい姿に二人は言葉を失った。

 

 ベルの命を救った褐色の女が再びあのあかい翼を携え、優雅に浮遊しているのである。その透き通ったあかい翼は、まるで女の身体から体重おもみというものを消しているかのようだった。

 

「…………み、見ろ、ミキ。俺の話は嘘じゃなかっただろう……!」

 

 興奮した面持ちでようやくベルが口を開いたが、ミキの方も口は開いているものの依然として絶句したままである。

 

 褐色の女は部屋の中央まで浮遊すると、ゆっくり床に降り立った。同時に背中の翼が紅い粒子となって消え去り、女の身体に体重が戻ったように思えた。

 

「…………」

 

 無言でキョロキョロと部屋の中を見回した褐色の女はベッドに横たわるベルの姿を認めると、かすかにうなずいて歩み出した。

 

「————止まれ! それ以上、近付くな!」

 

 主人に危機が迫ったのを感じたことでミキの硬直は解けたようである。しかし、褐色の女はミキの静止の声が聞こえていないのか歩みを止めない。

 

「……警告はしたぞ————!」

「ミキ! 手荒な真似はせ!」

 

 褐色の女を取り押さえようとミキは右手を素早く伸ばしたが、女の細い腕でスルリと受け流され体勢を大きく崩されてしまった。

 

「————くっ!」

 

 それでもなんとか身体を持ち直したミキは今度は両手で掴みかかるが、いずれも女の細腕にことごとく外されてしまう。その様子をベルは信じられぬといった思いで見つめていた。

 

(……おいおい、ミキはデルモンテ州の剣術大会で優勝するほどの腕前だぞ。素手だってそこらの武闘家じゃ相手にならないほどだ。そのミキをまるで子供扱いだって⁉︎)

 

 どんな手を繰り出しても受け流されてしまい焦れたミキは、一度距離を取って深呼吸してみせる。

 

「…………貴女あなたが大した腕の持ち主だということは良く分かった。だが、ガレリオ家の使用人として素性の知れない者を主人に近付けさせる訳にはいかない……!」

 

 褐色の女の強さを感じ取ったミキが牽制のジャブを放つ。この動きは明らかに先ほどよりもキレが上がっているが、女はやはり受け流そうと右手を反応させる。しかし、このジャブは誘いの手で女の手に触れる直前でピタリと止めると、本命のローキックを放った。

 

(————もらった!)

 

 丸太のようなミキの右脚が褐色の女の艶かしい脚を豪快に刈り取ると思われたが、その感触は想像していたものとは全く別のものであった。

 

 なんと、褐色の女はミキのローキックを支点にしてフワリと一回転して見せたのである。

 

(……な、なんだ、今の紙を蹴ったような感触は……⁉︎)

 

 またしても音もなく着地した褐色の女は、唖然とするミキに向かって白魚のような指を伸ばし胸に触れた。

 

(し、しまった————!)

 

 慌てて褐色の女の指を払おうとしたミキだったが、次の瞬間、今まで感じたことのない力が全身に流れ込みその場に崩れ落ちた。

 

 すぐに立ち上がろうとしたミキだったが、何故か全身が痺れたように全く言うことを聞かない。

 

(なんだ、これは……⁉︎ 『緊縛コルダ』の魔法とも違う……そもそも呪文の詠唱などしていなかったぞ……⁉︎)

 

 床に倒れ込むミキを尻目に褐色の女はベルが横たわるベッドに向かって再び歩き出した。床から女の背中を眼で追うことしか出来ないミキはほぞを噛んだ。

 

 素性の知れない女が主人の部屋に闖入した時点で声を上げて加勢を呼ぶべきだったのである。それをしなかったのは、自分一人で取り押さえられるという自信という名の慢心があったからに他ならない。しかし、いくら後悔しても今は全身が痺れて声も出せない。

 

「————ミキッ!」

 

 使用人である以上に友人でもあるミキが倒されるのを目撃したベルはベッドから起き上がり駆け寄ろうとした。しかし、熱と怪我の影響でバランスを崩して、こちらもベッドの脇に倒れ込む。

 

 クラクラする頭をなんとか持ち上げた時には、眼の前に褐色の女の美しい顔があった。

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