005 『弱小領主のダメ息子、伝説の竜姫をお持ち帰りする(3)』
またしても褐色の女と間近で見つめ合うことになったベルは、女の黒真珠のような瞳に吸い込まれそうな心地である。
「…………べ……ル……」
褐色の女の口から自らの名が発せられると、ベルはハッとする。
「……そ、そうだ、俺の名前はベル。そして
「ヤンアル」
褐色の女————ヤンアルはベルの言葉を引き取った。
「そうか! やっぱり名前だったのか! そうかそうか、
命の恩人の名前が分かったベルは思わず立ち上がろうとしたが、背中の傷が痛んで突っ伏してしまった。
「うっ……」
「…………いたい、のか……?」
初めてヤンアルと会話らしい会話ができたベルは嬉しくなって、痛みに脂汗を浮かべながらも白い歯を見せた。
「あ、ああ! 痛いは痛いが、朝になれば回復魔法の使い手が来てくれる手筈になっている」
「…………」
返事を聞いたヤンアルが無言で掌をベルの背中へと伸ばす。
「なにを————」
一瞬、先ほどミキが倒された場面が脳裏をよぎったベルだったが、次の瞬間には背中の傷が不思議な温かさに包まれるのを感じた。
(な……なんだ、この温かさは……、傷の痛みが和らいでくる……)
やがて不思議な温かさが収まると、背中の痛みが消え去り、ベルはスクッと立ち上がった。
「……い、今のはあなたがやったのか……?」
「…………」
ベルの問い掛けにヤンアルが無言でうなずく。
(今のは回復魔法とは違う……?)
確かめるためにベルは右肩の傷をヤンアルに見せた。
「ヤ、ヤンアル。すまないが、この肩の傷も今みたいに治してくれないだろうか?」
「…………」
またも無言でうなずいたヤンアルは右手をベルの肩へかざした。こちらもまもなく傷の痛みが引いていく。
(やっぱり呪文を唱えていない……、これはどういう術なんだ……?)
考えている内に肩の傷もいくらか跡が残っているだけですっかり完治してしまった。ベルの傷が癒えたことを確認したヤンアルはかざしていた手を離して、たどたどしい口調で問い掛ける。
「もう、いたいところ……ないか……?」
「あ、ああ! すっかり元通りだ。ありがとう、ヤンアル!」
「…………そう、か……!」
ベルから礼を言われたヤンアルの表情が温かみを帯びる。今まで無表情に近かったヤンアルの初めて見る微笑みである。ベルは胸を突かれたようにドキリとした。
(……不思議な
ボーッと虚空を見つめるベルを覗き込むようにしてヤンアルが首を
「…………ベル? どこか、まだいたいか……?」
「————あ? い、いや! 大丈夫————そうだ! 今度はミキを治してやってくれないか?」
「ミキ……?」
「
振り返って、倒れ込んでいるミキの姿を確認したヤンアルはまたしても無表情に戻り首を横に振った。
「…………いやだ」
「ど、どうして⁉︎」
まさか拒否されるとは思っていなかったベルは驚いて身を乗り出した。
「この、おとこはよわい」
「よ、弱い?」
ヤンアルの返事に今度はベルが首を傾げる。
(どういうことだ……? 弱いからこそ治してやった方がいいんじゃないのか? あ……いや、考えてみればヤンアルにしてみれば急に攻撃をされたようなものだ。怒るのも無理はないな)
自問自答の末に納得したベルは頭を下げて両手を合わせた。
「————頼む、ヤンアル。この通りだ! その男はミケーレと言って俺の大切な友人なんだ。なんとか治してやって欲しい!」
「…………わかった」
渋々といった様子でヤンアルはミキに近付いて、その胸を二本指で突いた。ほどなくして呪縛が解けたようにミキが起き上がる。
「ミキ! 大丈夫か⁉︎」
「あ、ああ。まだ、なんとなく痺れているような気がするが一応…………」
身体の感覚を確かめるようにしてミキが答える。
「そうか! 良かっ————」
ベルが喜んだ時、ドサッという音が聞こえ、二人が振り返るとヤンアルが床に伏しているのが見えた。
「ヤンアル! どうし————」
ベルが急いで駆け寄ると、ヤンアルは長い睫毛を伏せてスウスウと規則正しい寝息を立てていた。ベルはホッとして息をついた。
「……俺が言えた義理じゃないが、なんとも自由なお姫さまだな」
「ベル……いったい何者なんだ、この女は……⁉︎」
いまだに先ほどの出来事が信じられないという表情でミキが問い掛けると、ベルは何故か得意げに笑みを浮かべた。
「言っただろう? 彼女は『伝説の騎士』————いや、『伝説の竜姫』だってな」
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