第2話 好感度





  

「集まってもらって悪いな」


 執務室。マホガニーの机に置かれた書類をめくりながら、俺は正面に佇む四人を見遣る。ネコヤナギと椿、そして初見の二人。


 初見とは言っても知ってはいる。こうして転生してから会うのが初めてという意味で、ゲームではすでに既知だ。ネコヤナギの右横にいる小柄なピンク髪の少女がリリーで、そのさらに右にいる茶色いポニーテールの娘がリンドウ。二人ともゲームで育成したことがあるキャラクターだ。


「……もう一人がいないようだが?」


 俺の問いかけに、椿が最敬礼の角度で頭を下げた。


「申し訳ありません。スノードロップにも声をかけたはずなのですが……」


「遅れているのかな?」


「いや〜、たぶんサボりだよ〜。あの人、こういうの面倒くさがるタイプだしさ」


「……そうか」


 ネコヤナギの言葉をきいて、俺は顔をしかめてしまった。手元の書類にはスノードロップの顔写真が貼られており、厳しい顔でそっぽを向いている。


「あとで私から申し伝えておきます。まったくあの子は……」


「椿も大変だなあ」


 苦笑して、咳払いをする。


「まあ、スノードロップにはあとで声をかけるとしよう。とりあえず挨拶からだ。椿とネコヤナギにはすでに済ませたが、本日からこの拠点に配属となった露木だ。至らないところはあるかもしれないが、よろしく頼む」


 敬礼しながら挨拶をすると、リリーとリンドウはお互いの顔を見合わせ、少し間をおいてから返礼してくれた。


「リリーです! よろしくにゃ、先生!」


「……ボクはリンドウといいます。よろしくお願いします、メンター」


 リリーははにかみながら元気いっぱいに挨拶をくれて、リンドウは俯き気味に疲れた表情で言っていた。対照的な二人だ。それに……。

  

「……違うな」


 リリーはゲームのイメージどおりだが、リンドウがずいぶん違う気がする。リンドウはゲームでは活発なキャラクターで、「脳筋ボクっ娘」の愛称でも親しまれるくらい前向きな性格をしていた。


 だが、その印象はあまり感じられない。疲れ切ったサラリーマンにありがちな暗い雰囲気をしていて、活発さは鳴りを潜めている。


 疲れているだけなのかもしれないから何ともいえないが、違和感が拭えない。


「なにか、失礼でもありましたか?」


 椿が恐る恐る訊いてきたが、首を横に振って「なんでもないよ」と答えておく。


「……」


 なんというか……うん。噂は本当なのかもしれないな。


 露木稔つゆきみのるの記憶を受け継いだとき、この拠点に対するある噂を知った。「アスピスは壊れている」という不穏すぎる話だ。それは拠点の建物が壊れているとかそんな物理的な意味ではなく、学級崩壊のような意味合いで語られる秩序の崩壊を指している。


 ここにいるアンサスたちは、全員がどこかの拠点で問題を起こして転属させられた問題児らしい。ネコヤナギの火傷の跡、疲れ切ったリンドウの態度を鑑みても、おそらくは間違いない。


 リリーや椿、そしてスノードロップ。


 彼女たちにも、何かしら問題があるのだろうか? スノードロップについてはまだ知らないからなんとも言えないが、二人についてはさほどおかしい点は見当たらない気がするが。


 だが、人間一皮むけばどんな姿をしているかわからないものだ。


 それは嫌というほどに知っている。


「皆仲良くしてくれると嬉しい」


 俺はそう前置きして、解散を命じた。


 全員が退室してから、俺は深く椅子に座り直して息をつく。窓辺には黄色いゼラニウムが置かれ、外には青い花の群生が見えた。アイリスかな。プリストをやっていると花の種類に少し詳しくなるんだよな。


 俺は天井に目を向けると「メニュー」画面を開いた。


 青色の画面が中空に表示される。椿の顔とともにステータスが書かれている。レベルは40、体力は120、MPは80、攻撃力はC、防御力はB、素早さはA、技量はB……このような表記となっていた。プリストのレベルの上限は150で、体力とMPの上限はともに500、基礎ステータスの上限はSSだ。椿のステータスは、中の下と言ったところである。


 しかし、俺はステータスの横に「限定制限」の文字をみた。赤い色で仰々しく書かれている。文字の部分を指で触ったが、「閲覧規制」「権限がありません」と出てくる。


 やはり、そうか。


 ゲームと同じだ。キャラクターのステータスの一部や生い立ち、過去の事柄については、ストーリーを進める中で開示されていくシステムになっている。メインストーリーと固有のキャラクターストーリー両方の攻略がキャラクターの情報を知るためには必要だ。


 つまり、彼女たちのことを知るためには、彼女たちを「攻略」する必要があるということ。このゲームにはいわゆるギャルゲーの要素があり、イベントをこなして、キャラクターの好感度を上げていくシステムになっている。そして、その進行具合と好感度の度合いなどにより、情報は自然と開示されていく。


「……変なところで忠実だな」


 ゲームのシステムが俺の見ている世界でどれだけ反映されているのか。その疑問は、今後生活する中で探っていくしかないだろう。


 そうだ。ついでに椿の好感度はいくつだろう?


 俺は、基本ステータスの欄の右端にあったハートマークをタップする。


「――え」


 表示された内容をみて、俺は絶句した。


 好感度1000。


 上限は、100のはずなのに。


「……どういうことだ?」


 椿とはさっき出会ったばかりだぞ。なんでステータスが限界を超えているんだ。


 こんな事ありうるか?


 いや、限界突破をすることがあるのはゲームでも一緒だしわかるんだ。だが、通常の限界突破はせいぜい上限の倍程度のはずで、それ以上となると考えられる可能性としては一つしかない。


 それは、プリストにある隠し要素の一つ。


 ――病み状態だ。


 

 

 


 




  

 

 

 


 


 

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