第一章:第八話

 ――派手な戦闘はルーキーの特権。

 大陸の冒険者の間では、よほどの僻地でない限り、誰もが知る皮肉である。

 ギルドや酒場において、「俺はゴブリンくらい素手で倒せる」なんてうそぶくものが居れば、どこからともなく上記の皮肉が聞こえてくるはずだ。


 そもそも、ろくな準備もなくモンスターと戦う事など冒険者として恥ずべき行為で、身体能力に差がありすぎる怪物とまともにやり合うなんて正気じゃないのである。

 普通は、正面衝突になる前に片が付くよう準備を進めるのだ。


 一人前の冒険者は奇襲をしかけた段階で敵の主力を戦闘不能にし、混乱して逃走する残党を追って仕留めるというのが理想である。無論、死に物狂いで逃走するモンスターを討伐するのも並みの身体能力ではままならないが、ハナから斬りあうよりよっぽど安全だ。


 逆説的に、携帯爆薬や火炎瓶などで即死あるいは戦闘不能を狙えないほどのモンスターが相手となれば、敵の集団と派手な攻防を繰り広げる必要も出てくるのだが……。

 しかしそれは中位冒険者の中でもごくわずか、あるいは高位冒険者以降の超人達にのみ許された方法であり、一般的な冒険者とは話が違う。


 いずれにせよ、戦闘は知識と作戦によって勝敗の九割が決まるのだ。アストライアのようにレベルが高くない支援職を抱えるパーティーにとっては、なおさらである。


「あれは……ノースゴブリン、ロアウルフ、フォレストオークか……まぁ、普通って言えばいいのかな」


 モンスター達が進む平原からやや西、敵の背後の方角に回ったヘルマが小さく呟く。依頼で種族の詳細が語られなかったのは、グレイン王国近辺エリアで一般的な種族だからだろうと予想していたが、まさにそのようであった。


 ヘルマも冒険者らしくモンスターの知識は豊富で、大抵は目視で種族を判断できる。もっとも、アーク・モンスターは全て赤い血管がうっすらと皮膚に透けているので、やや判断は難しいのだが、その点も経験豊富なヘルマであれば大きな問題は無い。


 仮にゴブリンが知的な系統であったら、ウルフが好戦的な系統であったら、平原という立地では戦闘を避けていたかもしれないが、今回は問題なく本日中の討伐が遂行できそうである。


「しかし、あまり気が乗らない様子だな」


 すぐ後ろで、ヘルマと同様に草原の高い草に身を潜めていたオルクスが小声で話しかけた。


「まぁね。今回は討伐任務だし、敵の数が多いからさ。こっちが有効活用できない退路を、敵に残したままってのは気持ちが悪いんだよね」

「俺も同じ考えだが、しばらく追跡するにしろ、期を逃して集落に帰られるよりは見逃しが少ないだろう? 依頼の期日も十日だしな」


 オルクスの発言に、ヘルマが苦い顔をするが、すぐにため息をつくと、いつもの困ったような微笑を顔に浮かべる。オルクスの雰囲気や体格から来る安心感は、ヘルマにとっても例外なく父親的で、二人の時はつい表情を崩してしまいがちなのだ。


「たったの十日、だよね。まったくさ……嫌な風習だよね、依頼期日って。敵を逃がさないための準備って、本当は凄く時間かけたいとこなんだけど」

「しかし、その条件で受けたのは我々だ。仕方あるまい」


 ヘルマはちょっとオルクスを睨んでやりたい気持ちになったが、ぐっとこらえる。


「……しょうがないでしょ。アストライアの名を広げるためにも、僕たちは圧倒的な存在じゃなきゃいけないんだから。よっぽどじゃなきゃ、ごねたり出来ないよ。十日でも……まぁ相場通りなわけだしね」

「ふっ、すまない。リーダーをしてくれているお前に、少し意地悪だったかもしれないな」


「いいよ、オルクスの気持ちはわかってるさ。それに、クナイなら何か不備があれば作戦中止をしてくれるだろうし、合図があれば信頼して僕に出来る全力を尽くすよ」

「流石だな、リーダー。問題ない。今までだって、一度たりとも失敗はないのだからな」


「オルクスに言われると、自信が湧くねぇ」


 その時、左前方、モンスターの一団からやや離れた草原の影が不自然に動いた。携帯用の小さな望遠鏡を覗き込むと、トルイアの手信号が見える。

 【問題無し】の合図だ。オルクスに目で合図を送り、ヘルマは手信号で同じ合図を送り返した。


「さて、始めようか」



~~~~~~



 ヘルマ、オルクス、やや後方に離れてサクラとトルイアが続く一行が近づいていくと、やがてモンスターの一行に緊張が走った。自然界の掟というところだろうか、外敵となる種族を見つけてもすぐ戦闘となる事はあまりない。


 ライオンを見たシマウマだって、いきなり走り出す事はほぼ無いのだ。相手の狙いを察するまで、お互いの間に空白の時間が流れる。この辺り、場慣れした熟練の冒険者は巧みだ。


 いくら狂暴化バーサーク傾向の強いアーク・モンスター相手に近づいたとて、簡単には刺激しない。最初はウルフが、すぐに間を置かずゴブリンが、体表に浮き出た太い血管を強く脈打たせ、徐々に戦闘の開幕に向かって張りつめていく。

 オークは、まだあまり気のない感じだ。ぼぉっとした表情で、遠くの山々を眺めている。


 肝心なのはタイミングだ。敵に開幕の雄叫びを上げさせてからでは、有効な先手を打つことが出来ない。無論、ウルフの一匹がこちらに向かって走り出してからでは、まるっきり手遅れである。


 敵が行動を起こす寸前、もっとも空気が張りつめた瞬間に、行動を起こすのが熟練の技だ。そして、まさにその瞬間が訪れた。


 ヘルマとウルフの先陣が動き出す寸前、モンスターの東側、つまりヘルマ達が居る反対側。今はモンスター達の背後となった方角から、小さく爆発音がして、不釣り合いなほど大きな煙が上がった。


 一瞬の動揺。モンスターは完全に硬直し、すでに迷いなく駆けだしていたヘルマが、超高位冒険者と呼ぶにふさわしい身体能力で敵の一団に迫る。


 ――派手な戦闘はルーキーの特権。


 基本的には、その言葉通り。しかし、それは一般人を基準とした話だ。最年少の超高位冒険者、神の落とし子とまで噂されるヘルマには、むしろふさわしい賞賛となる。


 猟犬じみた足さばきで接敵したヘルマは、先陣の狼らを剣の一振りで二匹 同時に吹き飛ばし、すぐ後ろにいた一匹、続いてゴブリンの一匹を踏み台にして宙を舞う。


 ようやく勇者に目を向けたオークが、虫けらを軽くひねりつぶす様子で、のっそりと横なぎに振るったその腕に剣を突き立てたヘルマは、それを基軸に身体を前転させ、巨人の肩に着地し、ヘルマの腰ほどはあろうかという太い首の中心に、腕から引き抜いた剣を突き立てた。


 オークが悲鳴を上げる間もなく行われた殺戮。未だに硬直が抜けきらないゴブリンとウルフの中心に、次は携帯爆薬の炸裂。オルクスの背後、支援職による投擲だった。


 同時に、北の方角から飛ぶ弓矢によって、すでに四匹のウルフ、一匹のゴブリンが仕留められている。すでにモンスターの統率は崩壊していた。東では爆発音と白煙、西からは投擲、北からは射撃、唯一の逃げ道となりうる南側に、崩れ落ちるオークの肩から降り立ったヘルマが着地する。


「さて、ここからが大変なんだよねぇ」


 ヘルマは一匹も逃せない心労にため息をこぼしたい気持ちをこらえつつ、残党殲滅に取り掛かった。



~~~~~~



 結果としては、まずまずというところだった。ゴブリン十五匹とオーク一匹、ウルフが三十八匹。依頼からしてウルフは四十匹という事だったので、元より誤差の範疇はんちゅうだったのだろう。


 仲間の認識からしても、逃がす事なく全滅させたと判断して問題はなさそうだった。また、一匹残らずアーク・モンスターだったのも嬉しい。というのも、稀に依頼人の勘違いで、実際の敵にはメアやノーマル種が混じっていた場合、報告が面倒なのである。


 依頼に関しては問題がなかった。ではなぜまずまずという評価なのかというと、戦闘内容にやや不満が残ったのである。


「結局、逃げられちゃったか」


 ヘルマはいつもの微笑を浮かべつつ、困ったように眉をひそめて呟いた。


「逃げたっつっても、クナイの範囲だろ? 結局アイツが仕掛けた罠にかかって倒せたじゃねぇか」


 ヘルマに反応したのはトルイアだった。敵の北側に潜み、クナイと別々で遊撃隊として包囲に活躍した張本人である。


 乱戦の中、ウルフ三頭とゴブリン一匹が包囲をかいくぐって、ダミーの発煙筒が焚かれた東方面へ逃走したのである。元よりクナイは遊撃隊として状況を俯瞰していた為、ウルフの一匹は手裏剣で倒され、ゴブリンはヘルマが引きずり倒して討伐した。


 しかし二匹のウルフはそのまま発煙筒方面への逃走を許してしまったのだ。幸いにしてクナイが周到に用意した罠にかかって足を負傷したため、その二匹もクナイが仕留めたのだが……。


「そうだね、クナイにはいつも助けられるよ。……だけど、やっぱり僕がもう少し上手く立ち回れたらなって思うんだよね」

「あんだけ派手に活躍しといてよく言うぜ。そもそも、敵の数からして全滅自体が無茶なハナシだろうよ。いつも全滅させっから忘れちまったけど、討伐任務ってのは、確か相手の八割と主力を倒せれば成功だろ? 何つーか、ウチのリーダーはよくやってると思うぜ」


 言ってから照れくさそうに目を逸らすトルイアを見てから、ヘルマはパーティーの装備を簡単に点検しているエントスの方に視線を送る。


「まぁ、ギルドの規定としてはそうなんだけどね。やっぱり、アストライアとしては求められる以上の仕事を続けないとだからね。僕たちの、それぞれの目的の為にも」


 モンスターの討伐証明となる部位を切り分けたり、荷物の整理をしたり、罠を撤去したり、装備の整備を進めたりと、普段通りの後片付けを進めるメンバーを眺めながら、より遠くの景色を眺めるような目つきのヘルマを見て、トルイアも同じようにリティ平原の地平線を眺めるのであった。


 これから帰路に就く。計54匹分の魔物の部位は手分けしてもそれなりの荷物だが、早ければ今晩中、遅くとも翌朝には依頼達成の報告が気分よく出来る事だろう。


 ――洞窟の地底湖で清彦と勇者が遭遇する、約十時間前の出来事であった。

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便座でGO -異世界勇者はウォシュレットの夢を見るか- stormers @stormers

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