幕間:とある女神の謹慎生活

「……ううぅぅぅううぅ……くそっ……くそがッ……くそぐそぐっそおおぉぉぉぉ……っ!!」


 神界。あらゆる世界において最高位の存在が住まい、本来であれば昼も夜もなく輝き続ける神の楽園に、とある女神が暗闇を作りだして引きこもっていた。


「あ、ああ、あいつさえぇ余計ぇな事ぅしなければああぁぁぁぁ……っ!!……ううぅぅぅううぅ……くそっ……くそがッ……くそぐそぐっそおおぉぉぉぉ……っ!! 」


 呪詛じゅそに似たうめき声と鼻をすする音が、狭く薄暗い空間に虚しく溶け込んでいく。

 コタツとみかん、カップ焼きそばと缶チューハイ、大型テレビとプレイステーション。部屋はディスプレイの発光のみを頼りにぼんやりと照らされ、画面内では≪YOU DIED≫という文字がゲームオーバーを告げていた。


「……ヴゥッッ!!」


 コントローラーが投げつけられ、テレビの液晶が割れる。


「……っぅああぁぁぁ……!! なんなんだよぉアイツぁあああ……っ!! か、下等生物ぅのくせぇしてええぇぇぇぇ……!!」


 あの時。人間が箱庭に転移する寸前、暗黒から現れた多数の腕に呑まれた女神は主神の前に召喚され、言い訳も虚しく仕事の剥奪と自室待機を言い渡されてしまっていた。


「……ぜ、せんぶあ、あいつのせぇなのにぃ……」


  女神は泣きながら缶チューハイの最後の一滴をすする。

 今回の箱庭で主神の求める成果をあげ、汚名挽回を図る事はこの女神の悲願であった。約三百年来の期待が――自業自得とはいえ、人間の一言で潰えてしまった事は抑えきれないほどの不愉快を感じさせていた。


「あぁぐうぅぅぅぅ……ぱ、ぱ、パぁパァァぁぁぁぁぁぁ……ど、どぉじでぇあ、アタシのことぉわかってくれないのおおぉぉぉぉ……あ、アタシはパパに褒めでほじいだけぇなのにぃぃぃ……」


 女神は夏でも出しっぱなしのコタツ(布団は洗った事がない)に力なく突っ伏す。

 しばらく放心していたが、割れた液晶が立てるピシッという音で我に返った。


「あばぁぁぁぁ……な、なにしててもムカつくぅぅぅぅ……あ、あのく、クソザコの様子でも、み、見てみるかぁぁ……?」


 女神にとっては一応、自慢の力作である箱庭に送ったモルモット第一号である。

 仕事を奪われたとはいえ、箱庭への転移者がゼロと一人では大違いだ。たった一人でも転移してその箱庭が動き出せば、『主神の求める事象』を観測できるかも知れないという期待があったのである。


 そして、どちらかというとそちらが今回のメインだったが、自身が作り出した地獄で悶え苦しむを見てみたいという気持ちも大きかった。


「……く、くひぃ……♡ あ、あのボケナスの……な、なっさけなァいザコ負けぇぇへへぇぇぇ……♡♡ い、今頃はぁ……て、転移先のダンジョンで、か、開幕からメア・ウルフに燃やされてぇぇ……が、顔面でろでろでぇ……泣ァいてるかもおおぉぉぉぉぉ……♡♡♡」


 すっかり上機嫌となった女神が指を向けると、大型液晶テレビの時間が戻って修復される。


「……さぁてぇ、それじゃーあぁ……♡ きっしょい下等生物のぉ、ザコザコうぷぷなとこぉをぉぉぉ……見っちゃおっかなぁぁぁぁぁ???」


 女神が瞳孔全開の笑顔で指パッチンすると、テレビの画面に憔悴しきった男の全身が真横からアップで映し出された。


「……は?」


 そこには、息を殺して座り込む、下半身脱衣済みの男が居た。


「……ア゛ア゛ァァァァァァァッッッ!?!?!? な、なぁにしてぇんだァこいつゥゥゥゥゥ!?!?!?」


 女神は身を乗り出して醜い声を上げると、反射的に胸と股間に手を添える。

 もちろんジャージ越しだ。


「……お、おいおいおいおいいいぃぃぃぃぃぃ……バッッッカにしてんのぉぉぉ……???♡♡ あ、アタシの箱庭でさぁぁあぁぁぁ……!?!?♡♡ そ、そぉんな無防備な姿しちゃってぇぇぇぇぇぇ……んくっ、こ、このアダシをぉ挑発してんのかよおおぉぉぉぉ……ん゛んんんんん!?♡♡ クソクソくそォ……っ!♡ むっかつくなぁぁ♡ バカのくせしてさァ、な、なにコこうとしてんだァ……??♡♡ 見られてねぇとでも思ってんのかよぉぉぉぉぉ、クソッ、足が邪魔で肝心なトコが見えねぇんだよぉぉ……ッッ!!♡♡ み、見せろ、見せてみろよ下等生物ぅぅぅ……み、見てほしいんだろぉぉぉ??……そうなんだよなァァ……っっっ!♡♡♡♡」


 女神はヨダレを垂らしながら息を荒げ、まばたきすらせず指先を目にも止まらぬ速さで動かし続けていた。言葉遣いが興奮のあまりかなり乱暴で早口になっている。


「んんんん?♡ んんんん?♡ ぐ、愚劣な下等生物風情ぇがナニしに脱いでんのかなぁぁあああ……!?♡ お、おら、見せろォ……っ!! じょ、上位者の女神様に見せてみろよおおぉぉぉぉっっっ!! アアァァァァァクソクソくそぉ……♡ ザッコのくせにさァ……♡♡ あ、アタシの前でぇ?? んんんんんふふふへぇ♡♡ な、舐めやがってよぉ……み、見ちゃうからなぁ? クソガキィィ♡♡」


 男はガニ股の体育座りのような体制でうなだれている。なぜ下半身を脱いでそんな姿勢をしているのか女神には知るよしもないのだが、横から見えると何となく股間をいじっているように見えなくもなかった。


「……ああぁぁぁマジでムラつくううぅぅぅぅ……ッッッ!! 低俗な下等生物は地獄でも我慢できねぇのかよぉぉ……♡♡ サルみてぇに頭空っぽでぇ?♡ ん゛んッ……か、可愛いトコあんじゃねぇかよォおほおおぉぉぉ???♡ よぉしよしよしぃ……め、女神様が使ってやるからなぁああはははぁぁ……♡♡♡♡」


 その時、画面に映った男がおもむろに口を開いた。

『――いずれにせよ、いつまでもここで立ち止まっているわけにはいかないよな』

 呟くと、男はすっと立ち上がる。画面は固定されていたので、男の股間を捉えきれず、太もも辺りが側面から映していた。


「……お、おい馬鹿、も、もうちょい上、あ、あと、向き変えろっ! 変えろよ向きぃぃぃ……っっっ!!」


 コタツに膝をぶつけながらもがに股中腰で立ち上がり、声を荒げる女神の意思に従って、カメラがやや上方、かつ男の背面に回り込んだ。


「……ち、ちがっ……そっちじゃな……い……?」


 そう。男の背面、茶色い何かで汚れた男の尻が画面いっぱいに映し出されたのである。


「……あ、あわっ……あわわわわっっ……」


 女神は紅潮していた顔を真っ青にしてテレビに指を向け、画面を消した。


「……っっっ……」


 目じりに涙を浮かべ座り込み、コタツのそばに置かれた枕に倒れこむ。


「な、なぁ……なぁんでコイツう○こしてんのよおおぉぉぉ……」


 女神は泣きながら至極真っ当な疑問を口に出す。

 先程の半狂乱な興奮が、今は逆風となって胸を冷たくさせていた。


「……もぉ、寝よぉぉぉ……」


 このようにして、女神の謹慎明け初日、そして新たな謹慎の始まりとなる一日は幕を閉じたのだった。 

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