第22話 幼馴染たち、恋バナ Side Rene

「で、レネ。ヒガシさんとどうなの? プレイしたんだろ?」


 夜の9時前、Grillenグリレンの真っ最中。

 この晩、レネは火を起こして炭火で黙々と肉やらソーセージやら焼きチーズを焼いた。

 沙羅はレネに対し口数こそ少なかったが、体調が良くなったからかモリモリ食べていた。


 皆酒も飲める面々だったので、そこら辺には空になった瓶が何本も転がっていた。

 

 今、母親であるアナと沙羅は二人一緒にデザートの果物を取りに家に戻りに行ったところであった。

 アナが沙羅を指名したのはここで幼馴染四人で話をする時間を設けてくれてのことだろう。


「……したよ。なんで知ってるんだよ」

「で? なんでそんな不貞腐れてんだ?」


 レネのセリフをごっそり無視し、そう聞いてきたのは幼馴染のトビアスだ。


「相性悪かったの?」


 トビアスの妻であり、同じく幼馴染のカトリンのブルーアイがレネを射抜いた。

 四人はとにかく仲がいい。よく遠隔で繋いでコーヒーや酒を飲みながら雑談するし、康貴がレネと沙羅のことを面白おかしく話していたので全てが筒抜けだ。


 先週末も康貴はレネと沙羅が仲良く出かけて行ったと二人に報告済みであった。


「相性は……よかったと思う。俺が合うと思えるDomなんてそうそういないから本当に嬉しかったんだけど……」

「じゃあどうしたの?」


 妙に歯切れの悪いレネに、カトリンが畳み掛けた。


「ダイナミクスのパートナー候補として考えてくれないか? と聞いたんだ」

「攻めたなレネ! で、ヒガシさん、拒否ったの?」

「イエスともノーとも即座に言ってくれなかった。だんまりだ。だから俺からそれが答えだな、忘れてくれって言った」


 レネは瓶に残っていたビールを飲み干してため息を吐いた。即答でイエスだと思っていたのだ。ああも悩まれるとは思ってもみなかった。


「そんなに自己主張できない人には見えないけど? 昼間馬房掃除や片付けも積極的にやってくれたし、色々気を使って主体的に動いてくれたし。乗せた時も飲み込みも反応もよかった。これならレネも好きになるだろうなってくらいには器用で仕事もできそうで頭がいいなって思ったんだけど。ねぇトビアス?」

「レネは彼女にとって雇い主なんだろ? 言いにくいけど……多分、彼女の本心はノーなんだけど即座に言えなかった。そうじゃないか?」


 トビアスの言うことは完璧に的を射ていたようにレネに思えた。彼は文字通り頭を抱えた。康貴が慌てたように言った。


「いやでもさぁ。ええ、信じられない。こんなにいい男、日本で見たことないよ? あれか……日本人じゃないとパートナーにしたくない? でもレネ、日本語ネイティブ並みじゃん。ヒガシさんがわからねぇ」


 レネは思い出していた。八王子に様子を見に行った時、「目の保養にもならない顔」と自分のことを言っていた事実に。


(顔がダメなら無理だろうな……)


 日本でレネはとにかくモテた。女性が嫌になるくらいモテた。

 日本という国は好きだが、自分に媚を売ってくる女性が多すぎて日本人女性は正直苦手だった。


 でも、沙羅も日本人だ。レネにとって、言い方は悪いがだ。だからわかりやすくこちらから好意を向けたらきっとうまくいくだろう。そう悠長に構えていたがそんなことはなかった。


「俺の顔が好みじゃないんだろ……」

「あんたのその顔見て惚れないアジア人女っているの? アジア人ってとにかく白人男大好きでしょ」


 あんまりな言いように少々ムッとしたレネがいた。そこら辺のアジア女と沙羅を一緒にされたくない。


「俺は彼女の雇用主だ。彼女のまじめな性格からして俺を恋愛対象と見てくれることはまずないだろうと思った。だからプレイする機会もあったことだしダイナミクスのパートナーからどうだと提案しようとした。相性も悪くないしうまく行ったつもりだったが、どうやらこの戦法も通じなかったみたいだ」


 レネが自嘲するような笑みを浮かべてみせると、トビアスは足を組み直してどうしたもんかと額を揉んだ。


「かといってあんまりぐいぐい行くとなぁ、雇用主だからハラスメントだし。でも俺彼女のこと昼間見てたけど、レネとヤスが馬乗ってた時あの子はずっとレネのこと見てた。嫌いだったらあんなに見ないだろうよ」

「そうだそうだ、ヒガシさん、絶対にレネのこと意識してると思う。絶対に。わかりにくいけど! 明日市内観光でも連れてけば? 仕事は俺がなんとかしとくよ」

「明日遊びに行こうなんて言ったら『今日平日ですけど働かないんですか?』って不真面目な男のレッテルを貼られること間違いなしだ。余計に俺の株価が暴落する気がするぞ」


 トビアスがうめいた。 


「日本人真面目かよ……せっかく海外来たんだからツアーコンダクター付きで遊んどけよ……生粋のエアフルト人がいるのに」

「トビアス、あんたどこ見てたの? あの子めっちゃくちゃ真面目でしょ」

「ヒガシさんは確かに真面目だ。でもレネもクソ真面目だから日曜なのにここの準備始める前は仕事してたし、ヒガシさんも『じゃあ私も』ってレポート書いてた! ほら、明日フルで働く必要ないって!」 

「それに顔が派手で気取ってる割に、一緒にいてつまらないってよく振られるレネも彼女みたいに真面目な人ならうまく行くはず! ほら、頑張って!」

「どさくさに紛れて俺をディスるな」


 康貴が混迷する場を取り仕切ろうと手を叩いた。


「はいはいみんな話戻すよ! じゃあ、明日は午前中は仕事だ! 日本時間に合わせて! で、昼からレネはなんとかヒガシさんを誘って飯でも食いに行って街散策しろ! 大聖堂とか要塞とか! で仲良くアイスでも食ってこい! いいな!」

「誘える気がしない」

「仕方ねぇな俺が誘導してやるよ! なんでいい歳して一人で恋愛の一つや二つできねぇんだシャキッとしろシャキッと。根暗かよ!」

「知らなかったのか、俺は休みの日は銭湯行くかジム行くかしか外出しない根暗だ。暇な時間はゲームばっかりしてるしな」


 レネは休みの日は寝るかゲームするかまったり酒でも飲むか、外に出るとしても買い物がてら散歩、ジムに行くくらいである。それか大きい風呂が好きなので銭湯にも出かけるくらい。

 見た目を裏切る休日と皆によく笑われるが、康貴のように女性と遊んで楽しむタイプではないのだ。レネはかくなる上はとスマートフォンを取り出してこう言った。


「仕方ない、秀樹に連絡するか……沙羅が疲れてそうだから仕事を取り上げろと」

「そうだ! ヒデさんから言ってもらえ!」


 秀樹とは森山秀樹。沙羅所属部門の部長である。会長、南方健二のドイツ駐在の引き継ぎでドイツに駐在したのは秀樹だ。健二が逃げた後にアナのサポートをしてくれたのは彼で、レネからすると血のつながっていない親戚のような存在だ。しかも彼のミドルネーム、由春の名付け親でもある。

 その上、彼とアナは長いこと遠距離恋愛中である。


 早い話が親戚というよりもはや父親と言っても過言ではない。


「ヤス、日本に戻っても実況してね〜。レネの恋愛ネタとかもう面白くって」

「任せとけ! いや〜でも俺も楽しいよ。日本でに復讐することしか考えてなかったレネが南方の年下の女の子に振り回されてるってさ」

「最近情緒がジェットコースターだ。恋愛なんてするもんじゃない」


 レネがうんざりしたように言うと、アナと沙羅がデザートのフルーツを持って戻ってきた。メインはいちご。

 初夏のこの時期はいちごの季節なのである。


「ねえ杉山さん! ここら辺って野生のハリネズミいるんですね! さっきそこにいてびっくりしました!」


 沙羅がテンション高く言った。

 ハリネズミは夜行性、夕暮れ近くなるとそこら辺をひょこひょこ歩き始める。


(なんでヤスなんだよ……)


 そりゃあ気まずいからだろう。わかってはいるが、レネは内心毒づいた。


「ハリネズミ見たの? あれびっくりするよな! 俺も最初見た時驚いたよ〜」


 レネは会話に割って入った。


「ハリネズミ、日本にいないのか?」

「いませんよ」


 沙羅はいちごに手を伸ばしながらそうクールに言った。

 

「そうか……ドイツはクマがいない。たまに他国から入ってくるが。あとはオオカミが出る。オオカミは一度絶滅したが、ポーランドの方から戻ってきてチューリンゲンにも出るようになった」


 また大して面白くもないようなうんちくが口をついてレネは自分自身ぶん殴りたくなったが、意外にも沙羅の反応は違った。


「そっか、地続きだから国内で絶滅しても戻ってきたりするんですね! やっぱり大陸の国って島国と色々事情が違いますね」


 なるほど、と彼女は感心しているようだった。

 沙羅とレネが日本語で話していると、アナが何の話をしているかトビアスとカトリンに説明をしてくれた。カトリンが驚きの声を上げた。つづく言葉は沙羅にもわかるように英語だった。 


「えええ! 日本ってクマいるの?」

「二種類います。本州のは小さめですが、北海道にはグリズリーみたいなモンスターがいます」


 トビアスも驚きを隠せない様子で言った。


「まじか、北海道で山歩きはやめた方がいいのか。ちょっと興味あったけど」

「北海道の山はあんまり……おすすめできないですね。人がいっぱい登ってる山ならいいですが、人気がないところだとたまに人が死にます」 

「トビアス、北海道のヒグマは化け物だ。管理されてない場所でキャンプとかはやめておけ。ところで沙羅、ドイツには野生のハムスターがいるぞ。クロハラハムスターという大型の。モルモットサイズ」

「なんですかそれ!?」

「ちなみに、気性は荒い」


 沙羅が食いついた。よしと思ったレネはスマートフォンを取り出して画像検索して彼女に見せてやる。

 彼は周囲が生暖かい目で自分を見ているのをうすらと感じたが、何も気づかないふりをした。

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