第6話 知らない声

 

「お手」

「にゃ」

「お座り」

「にゃにゃ」

 

 花鈴の言葉にトラネコは器用に応えていく。花鈴は得意げに胸を張り、賢太郎はパチパチと手を叩く。

 

「ムーンサルト!」

「いや、それは流石に無理だろ!」

 

 調子に乗った花鈴の指示に賢太郎はツッコミを入れる。猫には難解で、理解できたとしても実現は不可能だろう。

 

「ふにゃっ!」

 

 それはそれは、見事なムーンサルト。

 

『……それはもう隠す気ないだろ』

 

 トラネコのムーンサルトに盛り上がる賢太郎と花鈴とは違い、有田さんは呆れた目を向けた。

 

「うぇええええ!? 猫か!? 本当に猫なのか!?」

「どう! どうよ! 凄くない!」

「いや、お前じゃねぇけど! 凄ぇよ!」

 

 有田さんの声は届かない。

 

「にゃにゃ!」

 

 続けて前方宙返り。

 明らかにただの猫ではない。凄い猫だ。二人の興奮が増していく。ただ、賢太郎のスマートフォンが水を差す様に。

 

「誰だ?」

 

 着信のあったスマートフォンは回収屋としての物ではなく、私用の物である。

 

「……安達あだちか」

 

 未だ目の前で異常な芸を繰り出す猫も気になるが、仕方がない。賢太郎は画面をスワイプしてから耳元に持っていく。

 

「もしもし?」

『あー……もしもし? 賢太郎』

「何だ。今結構良いとこなんだけど」

 

 ぶっきらぼうに言えば、電話の向こうの安達ひろむは『あ、いや……その、何だ。ちょっと頼みたい事あってさ』と申し訳ないのか、切り出しにくいのか。

 

「内容にもよるけど、何だよ」

 

 猫はいつの間にか芸の披露を止め、賢太郎を見つめていた。

 

『実は花鈴を紹介してほしいって人が居てさ……』

「断る」

『いやいや、悪い人じゃねーんだって』

「めちゃくちゃ怪しいだろ。大体、何でお前からそんな話が来るんだよ」

『小学校からの付き合いだろ?』

「ほぼ話してないだろ、今」

 

 高校に上がってからどちらの交友関係が変化しての影響かは定かではないが、友人と言えるほどの距離感には無くなってしまっていたと言うのに。

 

『そんなに怪しいって思うなら、一回賢太郎が会ってみて決めれば良い。それでダメならオレからも断っとくから』

「いや、普通に考えて会う理由がない」

 

 躊躇いなく通話を切る。

 しかし、何度も何度も弘から通話が来てスマートフォンは鳴り止まない。

 

「何回も何回も……うるせぇな」

『本当、一回で良いから』

「くどいって」

 

 通話を切る。

 それから数回なるが暫く掛かってくる事は無かった。ただ三時間後、午後十時。風呂上がりにまたスマートフォンが鳴り響いた。

 

「もしもし。またか、安達」

 

 リビングで床に座り込み、賢太郎が対応する。リビングには猫と有田さん。花鈴は疲れていたのか、今日もすでに部屋に戻っていた。

 

『こんばんは』

「…………?」

『あれ、津継賢太郎くんのお電話でお間違いないでしょうか?』

「……いや、僕違いますけど。人違いじゃないですか?」

 

 声色が弘の物とは明らかに違っている。

 

『いやいや間違いないだろ、津継賢太郎。このスマホは君の友人の安達弘のモノだ。で、今から会えないかな?』

「……いや、今からって。明日も学校ですし。と言うか、アナタ誰ですか? そもそも僕津継? 賢太郎なんて知りませんけど」

 

 他人のフリで乗り切ろうとする。

 

『んー、じゃあコレでどうかな』

 

 意味が分からない。

 

『今、カメラオンにしたから。画面見てみな』

 

 表示されるのは目隠しをされ、椅子に縛り付けられた安達弘の姿だ。その後ろには顔を隠した男が一人立っている。

 まるで、今から拷問しますといった雰囲気が感じられる。

 

『えー……では、ね。君が来ないとこの子、死んじゃうから』

「いやいや……何言ってんだよ。どうせ、そんな事できる訳」

『ふっ、はは……どうだろうか』

 

 声は愉快そうに。

 次の瞬間、カメラは赤に染まる世界を映し出す。

 

「……は?」

 

 弘の左腕が切り落とされた。

 

『あ、ああああああああああああああああああああああっっっ!!!!? た、す……けて……嫌、だ』

 

 悲鳴が耳を劈く。

 

「…………っ」

 

 痛々しい光景だ。

 だが、コレはフェイクだ。賢太郎は言い聞かせる。

 

「にゃー、にゃ」

 

 トラネコが訴える。言いたいのは何か。有田さんは理解しているのか、代弁する様に。

 

『賢太郎。それはフェイクじゃない』

 

 紛れもない現実だ。

 

「…………クソッ!」

『場所は商店街裏のホテル跡だ。待ってるぞ、津継賢太郎』

 

 賢太郎は通話を切って、部屋を飛び出した。

 いかに今が無関係であっても、知らない人間ではない。それに恨みがあった訳でもない。死なれるのは胸糞悪くて当然だ。

 

「にゃう!」

 

 追ってトラネコが外に出る。

 

『……ジーク!』

 

 津継家での名前はまだない猫。

 有田さんは覚えのある名を呼んだ。トラネコも振り返る。

 

「にゃん」

 

 問題ない、と言う様に。

 自転車に乗った賢太郎の背中にしがみつく。

 

「おい、お前……っ!」

 

 引き離そうとすると爪が背中に突き刺さった。

 

「痛ってェエエエ!!! だぁ、クソッ! 仕方ねぇな!」

 

 叫びながらペダルを全力で漕ぐ。

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