010 大人げない
まず最初に披露した魔法は「水を作る」というおなじみなもの。
俺の目の前には水の玉が浮いている。
「見ての通り、水を作る魔法です。便利でしょ?」
「ただの水じゃない!」
「さすが貴族の娘さん。庶民の暮らしどころか貴方の家のメイド達の仕事も知りませんか」
「な、何よ!」
「彼女らは水を井戸から汲んでいるのですよ。重労働です。それが魔法で生み出せるとしたら、どれだけ楽になるでしょうね?
それとも『それが仕事でしょ!』なんて偉そうに言いますか? 貴方の後ろに控えているメイドや執事に向かって言えますか?」
「……!!」
こういうラノベのヒロイン(貴族)は使用人を大事にしてるのが定番だ。
だから言えないだろ。フフフフ。って俺、悪人みたいだな。
「次は……火なんかどうでしょう?」
そう言いながら自分と貴族の娘さんとの間にろうそくの火くらいのを灯す。
「これは自由に動かせます。貴方の屋敷の各所にある燭台に火を付けて回る仕事が楽になりますね。
料理を作る際の種火にもなります。寒い時には暖を取る事も出来ますね。不要ですか?」
「い、いえ……必要です」
娘さんだけでなく、娘さんの父親までも驚いている。
う~ん、この様子だと、世界中に知能デバフがかかってるな。
「周囲で聞き耳を立てている貴方達もそうですよ。
魔法使いが詠唱している間は無防備、魔法戦士なら詠唱しながら戦える、このような事を先程言ってましたよね?」
実は言ってたかどうかは知らない。
書籍に言ってるシーンがあったので、流用させてもらった。
だから言って無くても心の中では思ってるはずだ。
「ではそこの貴方」
「ええっ? 俺、いや自分ですか?!」
「そうです。弓を使う人は無能ですか?」
「えっ?! そんな事は思いませんよ? 遠距離で攻撃出来るし……あっ?!」
「気づいたようですね。そうです。魔法で攻撃するのは弓と同じ事なのです。
しかも弓と違って無から矢を生み出すので無料です。弓も壊れません。爆発するような魔法を撃てば敵が固まっていれば一網打尽に出来ます。
こんなに便利なのに、何故詠唱しながら危険な接近戦をするのです? 遠距離から魔法で攻撃、当たらなかったモノや怪我したモノにとどめを刺す為に接近戦。
この方が何倍も安全に戦えます。危険な接近戦の方がカッコいいとか思ってるんですか?」
この場に居る全員が黙り込んでしまった。
少し考えたら分かる事だろうに。何で自分から危険に飛び込む必要があるのか。
「しかし、そこまで魔法が使える者がいないのです」
おっと、娘さんの父上から反論か。
「過去の事が書かれた文献くらいあるでしょう? そこには魔法で魔王と戦った話とか載っているでしょう?
何故その頃より魔法は衰退したのです? それを研究している人が居るはずです。
そういう人達と協力して、魔法を使えるレベルに戻せば良いだけです。
『魔法は弱い』それだけで『何故弱いのか』『強くならないか?』『効率的な使い方は?』こういう考えを放棄するようでは貴族として失格ですよ?」
「!! し、失礼しました!!」
この人が悪いわけではないんだけど、つい八つ当たりしてしまった。ごめんよ。
そして俺の言葉を聞いてビクビクしてるのが主人公の少年。
そうだよ、お前が過去に戦った話だよ。つまりお前の話をしたんだよ。
よし、丁度良い。主人公と話をするか。
「この少年は魔法の素質がありそうですね。少し息子さんをお借りしますよ。少年、ついてきなさい」
主人公の父親の返事を待たずに手を引いて連れて行く。
少し歩いた辺りに人気の無い場所があったので、ここで話をするとしよう。
「初めましてマーグ君、いや、ロイス」
「な、何で俺の名を?!」
「実は私は神の使い。君が転生した事も何もかも知っている」
「やっぱり俺は転生したのか……」
「どうやって知ったのかね?」
「魔力の感じから同じ世界だと思った。しかし知らない文字だったのでそれなりに先の時代に転生したのかと」
「知らない文字ねぇ。それなら未来じゃなくても他国と普通なら考えないのかね?
他国なら文字が違うのは勿論、言語も違うし、通貨や生活習慣まで違うぞ? 魔法使いならもう少し柔軟に考えるようにするんだね」
「…………」
君がバカなのは作者のせいだけどね。
「さて、君に話しておきたい事が2つある」
「2つ……ですか?」
「1つは、君はマーグという子供の体を乗っ取って転生した、という事だ。あの時、君を転生させた姫様が何を考えていたのかは知らないけどね」
「!!」
「つまり君はこれからロイスではなくマーグとして生きていく事となる。
父親も言っていた通り、君は貧乏貴族、と言っても男爵家だが。その貴族の次男だ。
長男が後を継ぐだろうが、次男である君は悪く言えば長男のスペアになる。長男に何かがあった時の代用品だ。
その事を無視して『魔王と戦った時のままだし、まだ鍛えられる! 鍛えて魔王退治に行かなきゃ!』とか考えないように」
「?! で、でもオレが倒さなきゃ世界が!!」
「未来に来たばかりで何も知らないくせに自分が最強だと? 言っておくが君より私の方が強いぞ?
それに私ほどではないが、君より強い者はこの世界には現在で500人は居るな」
「そ、そんなに……?!」
嘘です。作者が『主人公最強!』ってしてると思うので、居ないだろ。
まぁハッタリは必要だ。考えを改めさせる為にもね。
「それでも行くかね? 行くなら君は家族に『貴方の息子の体を自分が乗っ取りました。自分はロイスです。魔王退治に行きます』と言うのかい?」
「…………」
これは言っておかないとな。
自分の都合だけで新たな家族を悲しませる事になるって気づいて無さそうだったし。
「もう1つは魔王の事だ。やつは瀕死状態だよ。今は300年後だが、その間に全然活動してないのがその証拠。したくても出来ないんだ。
だから誰もが魔王の事なんか忘れているくらいだ。
そして君は何もしなくても良い。私が倒してしまっておくから」
「えっ……?」
怖いし面倒だし怖いからやりたくないが、しょうがない。
俺が倒しておくよ、クソッタレ!
「おっと余談だが、助言をしてあげよう。
さっきは貴族の娘に反論しようとしたね? 転生して子供の体に入ったからって精神は大人なんだから大人気ない真似は止めなさい。
いや、子供なのだから良いのか? まぁ、良いや。今の自分の年齢とか考えて行動するようにな」
「!!!」
恥ずかしかったのだろう。
頭をかかえてしゃがみこんでしまった。
作者が「大人が子供の体に入ってる」という事を忘れて、子供のように振る舞わせてるだけなんだけどな。
ある意味、主人公も被害者だね。
「じゃあな。私は魔王退治に行ってくる。君は新たな生を受けたのだからちゃんと考えて生きるように」
それだけ言い残して“ページ飛ばし”を使って過去の世界に移動する。
チンタラしてたら「連れてけ!」とか言い出すかもしれないからね。
で、ここは主人公が転生した時の場面。
死んだ主人公の亡骸と一緒に姫様が居る。そして目の前には主人公が倒しきれなかった魔王が居る。怖い。
「あ、貴方は?」
「そこの死んで転生したロイスに頼まれて未来から来た魔法使いだ」
「わ、私は成功したのですね!」
「ああ、成功したよ」
マーグの事は言わない方が良いよね。
「さて、魔王にとどめを刺してしまおうか」
『我に勝てるとでも思っているのか?』
「思ってるよ」
魔王が偉そうに言ってくる。まぁ魔の王だしな。偉いんだろう。
しかし何で魔王と戦ってたんだろうな? 魔の軍が攻めてきてるとか、そんな事は書かれてなかったぞ。
関係無い事を考えている場合じゃないな。
さっさと終わらせて帰ろう。
俺は先程、主人公が使った魔法を使う。しかも2割増しで。
ついでに最初のラノベの主人公から得たフレアバーストとかいう魔法も最大出力で使う。
『バ、バカな……このような威力の魔法……だ…………と………………』
魔王は消滅した。
撃った自分もびっくりだ。そして敵とはいえ、生き物を殺したという事実に凄い罪悪感が湧き上がる。
「す、凄い……」
あっ、姫様を忘れてた。
「私の事は秘密にするように」
「は、はい……ですが」
「秘密にするように!
そして敵が居なくなったからと攻撃魔法を会得する者が減って衰退する未来が見える。
そのような事にならないように、ちゃんと文献にして残すなり伝えていくようにしなさい」
「わ、わかりました」
どっかの国の姫様なんだから実行してくれればそれなりに効果はあるだろう。
「ってか、姫様が単独でこんな所まで来るな! 主人公と二人って! 魔族との戦争なんだからもっと集めてこい! RPGの勇者パーティじゃないんだから!」
よし! 言う事は言った! 帰還!
ラノベの世界は大変です @okosamalunch
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