第11話

 優花退学の騒動から一週間が経過した。生徒達は徐々に落ち着きを取り戻してきており、普段の学園生活の形を取り戻しつつあった。

 例の動画も最初の時こそ誰が撮影したものなのか犯人探しをする流れになっていたのだが、今となっては分からずお蔵入り。この塩原学園の七不思議に仲間入りだ。


 疑われる心配もなくなった俺は平凡な学園生活を過ごしている。特段問題ごとに巻き込まれることもなく、のうのうと過ごす日々。この平穏な日々がいつまでも続いてくれることを願うばかりだ。


 トイレからの帰り道。見覚えのある派手な髪色が目に入る。歳の割には少し小柄な体躯の彼女は間違いなく真白だ。

 騒動前にどこぞの馬鹿女のせいで勘違いをされてしまった影響で最近はめっきり話すことがなくなった。正直話さなくなったところで困ることはないのだが、彼女を見るたびに抱くこのモヤモヤとした感情は忌まわしいものだ。

 このままでは今後の学園生活を気持ちよく過ごすことができない。少々面倒くさいが、誤解は解いておいたほうがいい。俺は真白の元へと駆け寄った。


「真白」


「先輩…」


 真白は俺の姿を見て一瞬目を見開く。そしてすぐに頬を膨らませた。どうやらあくまで不機嫌な態度は崩さないらしい。


「…なんの用ですか。彼女さんと復縁したのに他の女と話してていいんですか?」


「だから、あれは嘘だって…俺があんな奴と復縁するわけないだろ」


「それはもう聞きました。どうせ私に隠れてイチャイチャしてるんでしょ。…人の気持ちも知らないで」


 真白からすれば今の俺は信用に欠ける人間らしい。まぁあのシチュエーションんあら隠されてたとしても無理はないが、あの女と俺が復縁する確率が低いのなんて明確だろ…


「俺だって困ってるんだよ。急に話しかけられたら復縁したなんて嘘つかれるし…真白と話せないと色々と困るんだ」


「…言葉だけの誠意なんていりません」


「ほんとだって。じゃなかったらこうやって直接謝ってないだろ?」


 真白は少し考えるような素振りをする。きっと本心では許してもいいと思っているはずだ。なんせ、こいつは俺を馬鹿にすることに生きがいを覚えている。この一週間それがなかったのだから、煽りたい欲だって溜まっているはずだ。


「…まぁ、あの時は私だって話を聞かなかったのが悪かったですけど…」


 真白は垂れ下がったツインテールを指で弄りながら呟く。やはりこいつは素直じゃない。既に本心では俺のことを許しているはずだ。ならば、あと一押しで…


「だからさ、機嫌なおしてくれって…」


「…クレープ」


「…え?」


「クレープ、今日の帰り奢ってください」


 真白は人差し指で俺をピッと指差すとそう提案してきた。どうやらそれが許す条件らしい。


「まぁ、クレープぐらいだったらいいけど…」


「じゃあ決まりです!今日の帰りですよ?忘れないでくださいね」


 真白はわかりやすくニカッと笑う。その笑顔を見るといつもの彼女が戻ってきたのだなと確信出来る。彼女のご機嫌取りに成功したようだ。


「それじゃ、私はこれで___」


キーンコーンカーンコーン


『不知火結城さん、柊結那さん、至急生徒会室までお越しください』


 これで丸く収まるかと思いきや、去り際に透過された爆弾に俺と真白は顔をしかめる。考えうる中で最悪のタイミングの放送内容は再び俺の信用を地の底に突き落とした。


「…先輩」


「ちげーって!マジで!こればっかりは俺も知らないって!」


「…後でラーメンも奢ってください」


 …金貯めておこう。



 本校舎三階。階段を登って左に曲がるとそこはすぐに見えてくる。

 塩原学園生徒会室。この学園において生徒会選挙を勝ち抜いた者達が踏み入ることが許可されるその場所は一種の聖地となっている。


 この学園の生徒会選挙と言ったらそれはもう他の学園とは比べ物にならないほどで、校内は勿論校外での活動は当たり前。立候補者同士での決闘もあるし、過去の生徒会選挙では暴動が起きたこともあったのだとか。

 入学した時点から生徒会選挙は始まってるとかいう変な文言もあるほどにこの学園の生徒会選挙は狂っている。故に、この学園の生徒会のメンバーは全員狂っているのだ。


 そんな人達にお呼ばれしたとなれば当然俺の気分は下がる。

 既に二階の階段を登り始めたところでここから引き返すのは面倒なのだが、この先に待ち受けていることを考えればそっちのほうが面倒な気がしてきた。…もうバックレちゃおうかな。

 そんなことを考え始めた矢先、俺の視界に一人の人間が飛び込んできた。…そういえばこいつも呼ばれてたな。


「…遅い」


「別に待ち合わせしてねーだろ」


 あたかも俺が待たせていたみたいな反応をする結那。流石にこれは反論しても許されるだろ。


「貴方のことだからどうせバックレようとか考えてるんじゃないかと思ってまって上げてたのよ。…その表情だと図星かしら?」


 こいつ、俺の思考を…いや、俺が浅はかだったか。ここまで読まれるとなんかしてやられたみたいな感じで悔しいな…


「…別に?」


「下手な嘘なんてつくものじゃないわ。生徒会からのお呼び出しなんだから、バックレたっていいこと無いわよ?」


「そりゃそうだけど…絶対面倒じゃん」


「もっと面倒になるよりはマシでしょう?…全く、どこで何してたのかしら」


「真白と話してたんだよ。誰かさんが変な嘘ついたせいで苦労したぜ」


 俺の口から出た真白の名に結那は動きを固めた。こちらに顔を向けることはなく、背後にいる俺に結那は問いかけてきた。


「…真白さんと話してたの?」


「そうだって言ってんだろ」


「…もうあの人とは話さないで」


 その言葉は彼女らしくなく、まるで子供の我儘のような言葉だった。


「はぁ?なんでだよ」


「なんでもよ。…それが貴方のためなの」


 それは理由としては破綻しているし、普段の強気な彼女はどこにもいなかった。その背中にはどことなく哀愁が漂っていて、『触れてはいけない感』がひしひしと感じられた。


「…なんだよ。それが元カノの立ち振舞ってやつなのか?」


 俺はいつものように少し茶化してみる。だが、彼女からの返答は無い。それだけに妙にむず痒かった。


「んあ?なんや自分ら、もしかして結那ちゃんと結城くんか?」


 突然割って入った声に俺と結那は同時に声の方に目線を向けた。

 開かれた扉からちょこんと顔を出している糸目の男。身長で言えば俺より少し高いぐらいだから180ぐらいはあるだろう。その男は固まった俺と結那を交互に見てケラケラと笑う。


「ははっ、そんな固まらんといてぇな。別に怒ってるとちゃうんやから。…中で生徒会長がお待ちや。遠慮せずに入り」


 俺は結那にアイコンタクトを送り、恐る恐る生徒会室へと踏み入った。

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