第10話

 夕暮れ時の屋上。昼休みは人で賑わうこの場所は放課後になると姿をがらっと変える。茜色に染まるここは落ち着くには最適な場所だ。ベンチに座った俺は流れ行く雲に自分の姿を重ねて空を眺めていた。

 

 優花への復讐から数日。あれから教師陣から色々と取り調べを受けた彼女は自分の悪行を知られる羽目になった。

 優花の言動から関わりがあるのではないかと疑われた俺と結那も証拠の出どころが不明な上に証拠も確実性に欠けるため、今回は不問とされた。これもきっとあいつの策の一端だったのだろう。


 学園から問題児出たとなると流石にまずいと感じたのか、学園側はこの一件を大事にすることはなかった。しかし、肝心の本人は自主退学。結局は学園に混乱を招くきっかけとなった。


 自分を騙していたクソ女に復讐ができた。その事実は爽快さを孕んでいるものだったが、俺の心は未だ晴れないままだ。後の被害のことを考えると、100%正しいとは言えずとも誰かの救いにはなったのだろう。そう考えると、幾分か気分が楽になった。


「ここにいたのね」


 背後からの声に振り返ると、そこには結那の姿があった。普段なら小言の一つ二つ言ってきそうなところだが、今回は何を言うわけでもなく俺の隣に座った。


「結構騒がれてるな」


「当たり前よ。学園一と謳われた美女が突如として蒸発。原因は不明。教師陣も黙り込んだまま。頼みの綱のばらまかれた動画は本当か嘘かわからない。…探偵でも呼ぶべきね」


 言われてみればそうか。何も知らないみんなからしたら急に消えたわけだもんな。あの豹変を見ても信じきれなくなるわ。


「それもそうか。…奏斗なんて、ショック受けすぎて部活休んでたしな」


「奏斗?…あぁ、あのいつもうるs…元気な貴方のお友達ね」


 …奏斗よ。お前の恋路は厳しいものになりそうだ。俺は友人としてサポートすることしかできない。後は頑張ってくれ。


「…それにしても、結構あっさりだったわね」


「優花のことか?」


「えぇ。…あれだけの悪事を働いておいて、あんなにあっさり墓穴をほってくれるとはね。こちらとしてはありがたい限りだけど、なんというか、拍子抜けね」


「まぁ、慢心してたこともあったんだろ。丸く収まったんだから良しとしようぜ。今更願ったってあいつは戻ってこねーよ」


 誰もそんなことは願ってない、と結那が返してくる。俺だってそんなことは願っていない。ただ、俺の脳内にはあいつの言葉が残っていた。


『お前を理解してくれる人間なんてこの先現れない。私が最後だったんだ!』


 きっとまわりからしたら何を言ってるか分からなかっただろう。だが、今の俺にはその言葉がずっしりと響いていた。

 きっと、あいつの言葉は半分正しくて、半分正しくない。あいつは俺のことを理解したつもりだっただろうが、結局は核心に迫るところまでは理解できていない。それでも、あいつが最後の理解者だったのは間違いが無いように思える。自分で言うのもなんだが、俺は気難しい人間だ。

 そんなことを考えていると、結那が神妙な面持ちで聞いてきた。


「…一つ、聞かせて頂戴」


「なんですかお嬢様」


「それはやめて。…貴方はなぜあんな女と別れなかったの?」


 その言葉に俺は一つ間を置いて答える。


「…それは騙されてたからで…」


「ごまかさないで。貴方が簡単に騙される人間じゃないっていうことぐらい知ってるわよ!貴方がやろうと思えばあんな奴なんてすぐにでも追い込めたはずよ!…なのに、なんで…」


 結那は立ち上がって俺に問い詰める。彼女の瞳にはどうも俺の姿が怪しく映っているらしい。やはり慣れてない演技などするものではない。隠したいことが隠せなくなってしまうからな。

 だが、”これ”を結那に明かす気は無い。再び一つ間を置いて、俺はニヤッと笑った。


「彼女の虜になるのに理由なんているか?」


「な…そうじゃなくて!」


「はいはい終わり終わり。復讐も済んだことだし、もう俺らはお互いに関わる必要なんて無いだろ?」


「それは…そうだけど…」


 そう言ってもなお結那は食い下がらない。こうなるとこいつは頑固だ。こっちが根負けするまで聞いてくる。こいつの根性と言ったら尋常じゃないほどで、俺が一日無視しても絶えずに問い詰めてくるほどだ。

 …早いところずらかったほうが良さそうだな。


「さ、俺は帰るぜ。我の強い女と話してたら疲れちまったよ」


「…待って!」


 この場を離れようとした俺の袖を結那が掴んだ。逃げようとする俺を鋭い目つきと両手で咎めてくる。俺は立ち止まるしかなかった。


「…貴方のことを理解してくれる人間は、きっと現れるわ」


「…なんの話だ?」


 俺の顔を見る結那は悔しそうな表情だった。精一杯取り繕った俺のとぼけは結那を不快にしてしまったらしい。いい気味だ、と思っておこう。


「…いつか…貴方を…」


「そんじゃーな。お互い元気にやろーぜ」


 俺はそう言い残して足早に屋上を去った。

 

『貴方の事を理解してくれる人間は、きっと現れるわ』


 階段を下りる最中、結那の言葉がフラッシュバックした。その言葉を思い出してみると、俺の心は少しだけ軽くなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る