第8話

 先輩との出会いは中学の時。たまたま入った委員会で出会ったのが彼。とりわけ優れた様子ではないものの、どこか惹きつけられる魅力のある人だ。

 委員会での立ち回りを見ると、頭が切れる人というイメージだった。言葉を匠に使い、面倒事は無駄の無い立ち回りでできるだけ回避。回避不可能なものはなるはやで対処。腑抜けた外見からは想像のつかない程に”頭のいい人”。

 そして、私の軽口に対して軽快な答えで返してくれる。一緒にいて居心地の良い人。素直になれない私にとって理想の人だった。


 委員会だけでなく、行事や授業でも度々お世話になった彼に私は惹かれた。彼の隣にいたい、と強く願う程に。

 しかし、現実というのは不条理で満ちている。先輩に彼女がいたことを知ったのはちょうど夏が過ぎた頃だった。


 初めての恋からの急降下。あの一年は忘れたくても忘れられない。恋の無情さと狡猾さを知った一年だったから。そして、私が変わるきっかけになった一年でもあったから。


 先輩を諦めきれなくて追いかけてきたこの学園でも私は先輩と関わることをやめなかった。僅かな心の隙間でも、私が埋めてあげたい。先輩の弱いところを知ってるのはあの人だけじゃない。だから、私だって___


 そんな矢先の出来事だった。


『もう話しかけるな』


 無情に突きつけられたその言葉はまるで心に針が刺さったように痛かった。

 いつも分かっていた。私の態度は生意気で、鼻につく言い方だって。先輩だって我慢してくれてるんだって。それでも、ついからかってしまった。


 人を励ますことなんて慣れていない。それでも明らかに落ち込んだ先輩を前にしたら黙っているわけにはいかなかった。それなのに。


 私はいつも空回りだ。こうして先輩に近づけるチャンスも沢山あるというのに。”あんな事”をしてまでチャンスをこじ開けたというのに。そのチャンスを無駄にしているのは自分だ。

 今日こそは先輩に謝らなくちゃ。ちゃんと謝って、そして今度こそ。

 

 先輩の教室へ向かっていると、階段の踊り場に人影が見えた。そこには先輩と、それと。


「…は?」


 そこには見たくはなかった”あの人”の姿があった。




「以上が作戦よ。質問は?」


「はい質問。…めっちゃ危ない気がするんですけど」


 結那に階段に呼び出された俺は彼女から作戦の概要を聞いていた。

 聞くところによればどうも危険に思える作戦のようだが、こいつはどうやら俺の身の安全を考慮していないらしい。まったく、俺が元だからって…


「このぐらいは誤差よ。別に男なんだから自分の身ぐらい自分で守りなさい」


「男はそんな万能な生き物じゃねーよ。ナイフで刺されれば死ぬ。女だって一緒だ」


「手ぶらだったら男のほうが強いのは間違いないでしょう?」


「そう言われればそうなんだが…」


 反論に困っていると、結那の目線が俺の背後へと向いた。彼女の目線をたどっていくと、その先には特徴的なピンクの髪の毛の少女がいた。


「真白…」


「…先輩」


 そう呟いた真白の表情は悔しいともなんとも言えない表情だった。複数の感情が入り混じっているようで、俺では読み取る事ができない。数日前にあんなことを言ってしまったばっかりに俺自信気まずさを拭いきれない状態だった。

 だが、彼女の考えいることは大体分かる。彼女の目線は振り返ったことで一的に背後にいる結那に向いていた。


「あぁ、えっと…」


「ん”んっ…私はそろそろ戻るわ。どうぞ二人でごゆっくり」


 結那はそう言って去り際に真白に鋭い視線を飛ばして去っていった。…二人ってそんなに仲悪かったっけ?


「先輩…浮気ですか?」


「してねーよ。つかなんで俺が誰かと付き合ってる前提なんだよ」


「いやだって、このまえ教室でギャルとじゃれ合ってるってタレコミが…」


 …あの野郎、まじで後で覚えてろ。


「…それはただの噂だ。有象無象を簡単に信じるんじゃない」


「なんだ…じゃあ復縁?」


「残念ながらちげーよ。…たまたまそこで出くわしただけだ」


「…え?復縁じゃないんですか?」


「そうだって言ってんだろ。…あんまり言わせんなよ」


「な、なーんだ!てっきr「いいえ、復縁よ」


 その声は唐突に、真白の背後から飛んできた。

 俺と真白の視線は同時に去ったはずの結那に向けられる。二人の瞳は驚愕の色に満ちていたことは言うまでも無いだろう。


「な、結那!?お前…」


「私と”結城くん”は復縁したの。悪いわね」


 一切の躊躇なく、結那は言い放った。妙に強調された俺の名前はまるで相手を煽るかのよう。高飛車な態度は崩さず、俺の声もまるで聞こえていない。

 一体どういうつもりなのか問い詰めようと結那に歩み寄る俺の前に真白が立ちはだかった。


「…真白?」


「…なんで」


「え?」


「なんで隠してたんですか!」


「いやちがっ、これは結那が!」


 結那に弁解するよう目で訴えるも、結那は目を逸らした。その姿は心做しか不機嫌そうに見える。こんな時にこの女は…


「…もういいですよ」


「ちょっ、真白!」


 俺の静止の声を振り切り、真白は廊下の角へと消えた。俺の伸ばした手は空を切り、無情にも空気を掠めて力なく垂れ下がる。

 俺は事をややこしくした犯人に反抗の眼差しを向けた。


「…どういうおつもりですか姫」


「その気持ち悪い話し方はやめて」


「じゃあどういうつもりなんだよ。わざわざ嘘つく必要なんてあったか?」


「…個人的な感情よ。貴方に話す必要は無いでしょう」


 俺の言葉など戯言のように切り捨てて結那は踵を返して教室へと戻っていった。まったく、気難しい奴だな。

 真白の件も気になるところだが、とりあえずは目先の大きな問題を解決しなくては。


 …てかなんであいつ復縁したことに怒ってたんだ?




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