第7話

 男なんてただの道具だ。


 生まれ持ったこの容姿を持ってすれば、男なんて簡単に私のものに出来る。渡しが右といえば右に動くし、左と言えば左に動く。私が何をしたわけでもないのに、簡単に言いなりになる姿はまるで奴隷。本当に、滑稽だ。


 今までに何十人という男達を使いまわしてきた。別れ際はいつもあーだのこーだの言って来るが、いちいち覚えているわけがない。私にとってあいつらは使い捨ての奴隷。使えなくなったら捨てるだけ。

 誰も最後まで付き合ってやるなんて言ってないのに、なんであんなにも喚くのだろうか?高校のうちに付き合ってから続くパターンなんて少ない方なのに、男というのは脳がお花畑なのだろうか?まぁ、そっちのほうが都合がいい。


 私にとってこの塩原学園は”城”。誰にも崩せない、私ための場所。私の悪事が外部に漏れることは無いし、誰かが声を上げようものなら他の奴がもみ消してくれる。

 誰一人として私に逆らうことはできない。人生なんて騙すか騙されるか。先手必勝。


 男なんて私に騙されていればいい。一時の夢を見せてもらえると思えば、安いでしょ。


 それでも、度々私に逆らおうとする馬鹿もいる。


「よう」


 こんなふうに、諦めの悪い馬鹿が。




 昼時の校舎裏、使われていない小さな倉庫。この女はいつもこの時間帯にここに来る。人目のつかないこの場所が彼女の休憩場所だ。地面に落ちている吸い殻がそれを証明している。

 正直、こんな奴と話すなんて気が引けるんだがな。あいつがやれっていうんだから仕方ない。


「…なんの用?」


 優花は俺がここ来たことにさほど驚いてはいなかった。きっと今までにも前例があったのだろう。すべて徒労に終わっているようだが。

 全く持って動揺せず、俺に見向きもしない優花に俺は意を決して話し始める。


「随分とやんちゃしてるみたいだな。俺と付き合ってた頃とは大違いだ」


「別にあんたと付き合ってた時もしてたわよ。あんたが気づいてなかっただけ。…まさか、ほんとに気づいてないとはね」


 少し鼻につく言い方は俺を嘲笑っているようだ。騙されていた事実は変わらないからなんとも言えないのだが、反論の一つや二つでもしておきた気分だ。

 騙しておいて反省の色も無いあたり常習犯で確定ということだろう。結那の読みは合っている。この調子で少し追い立てるとしよう。


「こんな事してていいと思ってるのか?恨み買って復讐されるかもだぞ?」


「そんな事、百も承知よ。だから口封じしてるんじゃない」


「少しは反省してくれてもいいんだがな…一体なんのつもりでこんな事を?」


 俺の言葉を聞いて、優花は呆れた様子だった。


「どうせ拒まれることなのに、そんなことに理由なんているの?」


「…それもそうか」


 悔しいことに、反論のできない言葉だった。巨悪の前で何もすることのできない無力感というのは思ったよりも苦しいものだ。

 優花は楽しげに続ける。


「全く、全員揃って馬鹿みたいよね。私が完璧美少女だとか、理想の女とか言っちゃってホイホイ騙されるんだから。…あんたもその一人ね」


「言われなくても分かってるわ。少しは反省してくれてもいいんだぞ?」


「誰がするかっての。あんたみたいな騙されやすい男が悪いのよ」


 悪びれた様子見せない優花に俺の中でふつふつと怒りが沸いてくる。しかし、ここで怒っては意味が無い。目的を達成するまではこちらも冷静でいなくては。


「…にしても、意外よね」


「何がだ?」


「あんたがよ。普段の様子だと、彼女にかまけるタイプじゃないだろうに。なかなかの盲信っぷりだったわよ?」


「…」


 俺は優花の言葉に思わず口を閉ざしてしまった。こちらを馬鹿にするような優花の視線が俺に突き刺さる。


「…彼女に甘えるのに理由なんていらないだろ」


「へー…訳ありって感じね。ま、聞かないでおいてあげる。聞く必要も無いしね」


 そう言うと、優花は再び口角をつり上げた。


「ほんと、馬鹿みたいよね。ちょろっとお願いすればすぐにお金ホイホイ出してくれるし、他に浮気されてるなんて考えもせずにデレデレしちゃって」


「…馬鹿にすんじゃねーよ」


「別に誰のこととは言ってないじゃない。全く、自意識過剰ね」


「誰のせいだよ…」


 俺を馬鹿にして楽しんでいるのは付き合っていた頃から変わらない。変わっていてほしかった部分は変わっていないとことん都合の良い女だ。

 俺は更に優花から言葉を引き出すために続ける。


「パパ活に飲酒とか…気づかなかった自分が憎いわ」


「そりゃ、バレないようにしてるんだから気づかないでしょ。あんたみたいな馬鹿な奴ならなおさらよ」


「いい加減馬鹿にするのはやめろ。…少しぐらい謝ってくれたっていいんだが」


「考えてやらなくも無いわね。…これ以上の追及をしないならね」


 その言葉で優花の纏う雰囲気が豹変したように思えた。普段の可愛らしく、親しげに振る舞っている彼女の面影などはどこにも無く、ひどく冷たい暗闇のような瞳が俺を捉えた。

 獲物を狩る狩人のような目つきに、俺は思わず背筋を震わせる。今までこの女に逆らう男がいなかった理由がそこにあった。


「これ以上の追及はあんたの首を締めることになるわよ。…私って結構顔が広いから、裏の世界の人とも知り合いなのよね」


「はは、ありきたりな脅しだな。結構ダサいぞそれ」


「でも、脅しとしての効力はバッチリでしょ?」


 本当にしろハッタリにしろ、その言葉にはそれなりの覚悟がみえた。これ以上の抵抗はきっと身を滅ぼすことになる。だが、ここまで来て引き下がるわけには…


「…最後に一つだけ聞かせてくれ」


「私の気が変わらないうちに逃げたほうがいいと思うけど?」


「お前は今まで騙してきた俺等に謝る気はないのか?」


 優花はふっと笑って言った。


「馬鹿でも分かる事聞かないでよ」


「…そうか。なら、俺も手を引かせてもらうよ。これ以上は傷つきたくないしな」


「懸命な判断ね。私もあんたのことは傷つけたくはないの」


「冗談はよせ」


「冗談と取るか本音と取るかはお任せするわ。それじゃ」


 そう言って優花は倉庫を去った。遠のいていく足音を聞いて俺はふーっと息を吐く。なんとか乗り切ったことへの安堵とのしかかっていた圧が一気に解けたことによる開放感が俺を満たしてくれた。

 やっぱり、慣れない演技なんてするもんじゃないな。


「…で、満足かよ」


「えぇ。バッチリね」




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