第4話
少しばかり昔話をしようと思う。俺が結那と付き合っていた頃の話だ。
最初の出会いは何気ないものだった。たまたま同じクラスで、たまたま席が隣になっただけ。その美貌から当然中学でも評判の良かった彼女の事を俺は気になっていたのだ。
テレビで活躍しているようなモデルにも負けないスタイルと美貌を持ち合わせながら孤高を貫いている。学園の名だたるイケメンが告白しても尽く振られた。なぜそこまで男を嫌うのか。俺は不思議でたまらなかったのだ。
それまでの俺の価値観で言えば、女という生き物はその生まれ持った特性から男を弄ぶものとばかり思っていた。最近こそ緩和されているが、少し前までは女が男寄りも弱い生き物だと表現される事が多かった。それ故に男に頼りがちなのだと俺は思っていたのだ。
彼女との最初の会話はひどいものだった。
授業が始まり、なにか焦った様子の結那を見て教科書を忘れたのだと察した俺は彼女の方に机を寄せて教科書を見せた。
最初こそ少し驚いた表情をしていたが、彼女は何を言うわけでもなく授業中は俺の教科書を見ていた。授業中は、の話だが。
授業が終わり、机を離そうとしたとき、彼女は俺に向かってこう言った。
『見返りがあると思ったら大間違いよ。勘違いしないで』
その時の俺は衝撃のあまり硬直していた。そういうつもりでやったのではないと否定する前に彼女は教室を去っていったために俺と彼女の関係性は最悪だった。
俺としてもやばい奴が隣になったなと悲観視していたため、なんら変わった感情を抱くことはなかった。
それからというものの、俺は結那と関わる事が多くなった。別に自ら関わろうとしたわけではない。それだというのに、なぜか俺と彼女は至る所で巡り合った。
授業中の学習ペアはもちろん、委員会、運動際の二人三脚、文化祭の後夜祭でのダンスパーティー。神はよほど暇だったらしい。
俺はそこで彼女のいろんな部分を見てきた。強いところも弱いところも、得なことも不得意なことも、時には普段見せないような内側の部分まで見ることができた。そんな俺が彼女に惹かれたのは当然の事だったのかもしれない。
そして俺は結那に告白した。胸の高鳴りと、彼女に対する安心感を俺は恋だと結論付けたのだ。彼女のことだからひどい言葉を浴びせて断ってくるのかも知れない。損な不安がよぎる中、彼女からの返答はYESだった。
さて、楽しい話もここまでにしよう。問題はここからだ。俺がなぜ結那と別れる事になったのか少し思い出そうと思う。
ある時のことだった。二年生になり、部活や委員会で大忙しとなった俺は結那との時間が減った。おまけに、後輩の世話として女子生徒を見ることも多くなり、彼女は次第に俺に懐疑的な視線を向けるようになったのだ。
そしてついに彼女は俺を責めるようになった。
『本当に自分が彼女だと分かっているのか?』
『後輩にかまけているのではないか?』
『私に構う事ができないほど忙しいのか?』
それはそれはひどくて、自己中な言葉の応酬に流石の俺も頭に血が登った。普段は言い返さないことに決めていたが、この時ばかりは俺も我慢の限界だったのだ。彼女に負けず劣らずのひどい言葉で返した事を覚えている。
そこから口論がヒートアップした俺達の関係値は次の日から赤の他人へと戻っていた、というのがことの全貌だ。理解していただけただろうか。
この決別には間違いなく自分も悪かったと思っている。あの時俺がもっと寛容的だったら事も丸く収まっていただろう。それなのに我慢ができなかったのは俺がまだ未熟だったからにほかならない。
だが、今更よりを戻そうとは思わない。きっとそのほうが彼女のためになるし、自分のためでもある。
彼女がどう思っているかわからないという恐怖も半分ある。だが、彼女がどう思っていたところで俺はきっと仲直りなんてしないだろう。俺のくだらない意地とプライドが許してはくれなさそうだ。
中学での出来事を考えると、今こうして二人でスイーツ店の中にいるというこの状況も神の悪戯なのかもしれない。せめてこの巡り合わせがお互い良い方向に転ぶ事を願うとしよう。
少し昔話をしようと思う。私が結城と付き合っていた時の話だ。
彼との出会いは最悪だった。席替えでたまたま隣になり、男嫌いな私は彼と話そうとはしなかった。今までだって男の人とは関わろうとは思わなかったし、関わってくるような奴は全員もれなく追い払っていた。それだけに彼とカップルになるとは冬至の私は微塵も思っていなかったのだ。
ある時の授業で私が教科書を忘れた時のことだった。焦った私を見て結城が机を寄せてくれたのだ。流石に授業中に突き放すわけにもいかず、私は大人しく彼の教科書を見せてもらうことにした。
問題はそこからだ。私は昔から口下手だ。うまく自分の感情を言葉に乗せる事ができない。頑張ろうとしても、いつも棘のある言葉になってしまう。だからこの時も授業後に口からでたのはひどい言葉だった。
『見返りがあると思ったら大間違いよ。勘違いしないで』
何をどうしたらこうなるのだろうか。当時の自分に問いかけたい。
この一件から結城との距離は開いた…かのように思われた。私と結城は色々なところで巡り合う事になり、お互いのいろんな部分を見ることになった。
彼という存在の心強さと、私という難儀な人間を受け入れてくれる寛容さ。そして時折見せる寂しげな顔。庇護欲を掻き立てられるその姿を私は放っておくことができなかった。
彼からの告白は迷わずに受けた。私を受け入れてくれる人は彼しかいない。間違いなく運命の相手は彼だと私は確信していたのだ。
普段の何気ない時間も、彼の隣にいることで私の中で宝物へと変わっていった。
この平穏がずっと続いて欲しい。私は強く願っていた。
でも、その平穏を崩したのは私だった。
二年生になった頃、部活やら委員会やらで忙しくなった結城は必然的に私との時間が減った。私はその事が不満だったのだ。私の日常から彼という存在が欠けてしまったことがただ不満だった。
『寂しい』。そう一言言うだけで良かった。でも私の口から出る言葉はどれも彼を愚弄する言葉だけ。彼から帰ってきた言葉といったら、それはもう心に来るものばかりで、私は彼との関係を切るしかなかった。
ずっと、ずっと後悔していた。彼という存在を失ったことを。そして口下手な自分に絶望していた。
高校になって、いろんな人から告白を受けた。でも、どれも私の心を動かすものじゃなかった。それはもう既に心を奪われた人がいるから。自分で失ったというのにまた欲しがるなんて、私はなんて強情なんだ。分かっていても彼という存在を私は捨てきれなかった。
その場面に出くわしたのは本当にたまたまだった。
優花さんと結城が口論になっているところを私は見た。彼女の噂は前々から聞いていた。飲酒に喫煙、浮気にパパ活。思いつく限りの悪行をこなしているという噂は女子の間では有名な話だったのだ。だが、どういうわけかその噂は男子の間では浸透していないようだった。
優花さんに捨てられた結城を私はそのままにしておくわけにはいかない。きっとこれは神が私に与えた最後のチャンスだ。
どんなに嫌われてもいい。この関係が更に悪化しようとも、私は彼を、結城を救って見せる。
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