第3話
HR後の学園は部活の活気で溢れかえる。グラウンドを見ればサッカー部がランニングを始めているし、校舎内の教室を覗き込めば文化部で溢れている。
そんな活気溢れる校舎を歩きながら俺は校門前へと向かっていた。理由は言うまでもなく、結那に呼び出されたからである。
めんどくさいからという理由で部活動に所属していない俺はこの呼び出しを受けざるを得ない。無視したら後で何をされるか分かったものじゃないからな。
とは言えなにをされるかというのは全く持って見当がつかない。きっと優花の件での話なのだろうが、それだけのためにわざわざ人目のある校門前に呼び出すだろうか?昼休み同様に体育館裏の倉庫などの人目のつかない場所のほうが適しているはずだ。なにか裏があると思って問題は無いらしい。
そんな事を考えているうちに校門前までやってきた。まわりの生徒達の目線をたどると、その先には結那が立っている。この視線の仲で彼女に声をかけるのは少々気が引けるが、そんな事も言ってられない。俺は彼女の元へと足を進めた。
「よう。お言葉通りに来てやったぞ」
「遅いわ。私を待たせるなんて、いい度胸してるじゃない」
相変わらずのツンツンさには反吐がでそうだ。こんなのに睨みつけられて喜ぶ男子諸君はどうかしているぞ。
「一体何様のつもりなんだよ。それとも、それが元カノらしい振る舞いってことか?」
「冗談はよして。…理由はどうあれ取引相手を待たせるのはどうかと思うわ」
言葉では冷たくあしらったつもりなのだろうが、そっぽを向いた表情が彼女の信条をあらわにしていた。素直じゃないのがこいつの可愛くなところだ。
「…で、なんの用なんだよ。さっさとしてくれ」
「貴方は部活にも入ってないのだから急ぐ必要も無いでしょう?…とりあえず、場所を変えるわ。ついてきて」
そう言うと結那は俺の返答を待たずにそそくさと歩き始める。俺は近くとも遠からずな距離感で彼女の後ろについていった。
学園を出て歩くこと数分。人で賑わう歓楽街へとやってきた。
いろんな光が混じり合うこの光景を見ていると、彼女と付き合いたての頃を思い出す。まだデートという概念に不慣れだった俺は取り合えずでここに結那を誘って遊んでいた。色々と初々しい感情が蘇ってくるが、今は感傷に浸っている場合ではない。一人のときならまだしも、目の前に元カノがいる状態では流石にキモい。まるで俺が未練がましい奴みたいだ。俺は頭を横に振って雑念を頭の外へと弾き出した。
しばらく歩いていると、ある店の前で結那の足が止まる。そこはピンク一色で統一されな外装に、ハートやらなんやらの装飾が目立ついかにもなところだった。男一人では立ち寄るどころか近寄ることすら億劫になるような場所だ。…やはり嫌がらせなのだろうか。
「ついたわよ。…手、貸して」
「…手?」
…虫でも乗っけられるのだろうか。いや、こいつに限ってそんな小学生みたいなことはしないか。
色々な懸念が脳内をよぎる。ここは素直に出すべきかどうかで迷っていると、次第に結那の表情が険しくなっていく。このままだと彼女の機嫌を損ねるだけなので俺は手を差し出した。
「…そんなに警戒しなくてもいいじゃない」
「しょうがないだろ。相手がお前じゃ、俺だって警戒する」
「あの女に騙されてたくせに…」
「今それ関係無いだろ…」
子供のようにふてくされた結那は俺の手に指を絡めてきた。するすると俺の指の間に彼女の指が絡む。いわゆる、恋人つなぎというやつだ。
「なっ!?お、おい!」
「なによ。…もしかして、手を繋ぐのも恥ずかしいっていうの?」
ニヤリと笑った彼女の表情を見て俺は今自分がした失言に気がついた。その心の隙を突くように結那は俺をまくし立ててくる。
「そうよねぇ。なんてったって貴方は”奥手”だものねぇ…女と手を繋ぐのもドキドキしちゃうのよねぇ?それとも初体験だったのかしら?私のような美少女と手を繋ぐというシチュエーションに心を踊らせる気持ちは分かるけど、少々情けないとは思わないわけ?」
ここぞとばかりに結那は言葉を並べてまくし立てて来る。
このまま言われっぱなしも気分が良くない。少し反撃するとしよう。
「うっせぇな…俺だって手ぐらい繋いだことあるわ」
「…は?」
俺の返答を聞いた結那はあからさまに声色を変えた。
「…誰。まさかあの女?」
「ちげーよ。”その一つ前”だ」
「誰よ一つ前って。誰なのよ!」
先程までは彼女が責める側だったというのに、らしく無く取り乱す。ちなみに、一つ前なんていない。ただの嘘だ。こんな嘘に騙される辺り、かなり動揺しているようだ。
「おいおい、今のお前にそれを知る権利は無いんじゃないか?用があるならさっさと中に入ろうぜ」
「…ちっ」
俺の鼓膜を揺らしたその音は今までに聞いたことが無いほどの爆音だった。
扉を開けると同時に結那の表情は明るいものへと切り替わる。中に入ると、甘い香りが俺の鼻をかすめた。
内装は外と変わらず可愛らしいものであり、俺のような野郎は場違いなのではないかと思わされる。
そうこうしているうちに、奥からエプロンを付けた店員らしき人がこちらにやってきた。
「いらっしゃいませ!お二人様ですか?」
「予約してた柊です」
「柊様ですね。お席のほうがご用意してあります。こちらへ」
店員の案内で俺と結那は個室へと連れてこられた。
案内された個室に入り、腰まで沈んでいきそうなほどにふかふかな座り心地のソファに腰を下ろす。結那は俺の対面の席に座った。
「…で、どういう状況よこれは」
「ここはパフェが名物のお店なの。今話題沸騰中でなかなか予約取れないんだから、感謝しなさい」
…そういうことか。
すっかり忘れていたが、彼女は大の甘党。俺つ付き合っているときも度々連れ回されたのを覚えている。
結那はメニュー票をぺらぺらとめくって一通り目を通すと、テーブルの脇に置かれたボタンで店員を呼び出す。数十秒の間を置いて店員がやってきた。結那はメニュー票を指さしながら注文をする。
「これとこれを。…貴方は?」
「俺はブラックコーヒーを一つ」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
丁寧に頭をさげて店員は戻っていく。再び二人きりになったところで俺は切り出した。
「…で、本日はどのようなご要件で?」
「分かってるでしょう?あの女のことよ」
やはりというべきか、話の種は優花のことのようだ。真剣な面持ちで結那は続ける。
「あの女の悪行は学園に知れ渡っていない。それは彼女の徹底的な対策と地位があるからよ」
「対策ねぇ…振り回されてた身からすると、そんなことしてるようには思えないんだが?」
「そう思わされたら彼女の思うツボよ。まさか彼女が、なんて思わせたらあの女の逃げ切り勝ちでしょう?…馬鹿なの?」
相変わらず棘のある言葉に俺は顔を引きつらせた。…しょうがないだろ騙されてたんだから。
「彼女には学園中に仲間がいるの。誰かが反旗を翻そうとすれば、揉み消す。それがこれまで彼女の素顔が隠されてきた真実よ。無論、私達だって対象外ではないわ」
「だったらどうやって…」
「私を舐めないで頂戴。白昼の元で彼女の本性を見せることができればあの女とは言え言い逃れはできないはずよ。そのために手間は伴うけれどね」
結那の言葉には説得力があった。彼女は昔から芯の通った人間だ。やると決めたことは最後までやりきるし、こだわりだって捨てる事はない。それ故に頑固で捻くれ者という難儀な性格になっているが、ご愛嬌だろう。
「手段は私に任せて。貴方には細かい仕事を手伝ってもらうから」
「なるほどね…たとえば?」
「そうね…私の靴磨きなんてどうかしら」
「遠慮しとく」
「あら残念。腕がよかったらうちで雇ってあげても良かったのに」
「一生お前の靴磨きなんてするなら腹切ったほうがマシだ」
そんな軽口を叩いていると、扉が開かれる。ワゴンに乗せられて運ばれてきたそれに俺は目を見開いた。
「おまたせしました。当店特性ウルトラメガジャンボパフェ、和風大盛りパフェ、ブラックコーヒーになります。ごゆっくりどうぞ」
巨大なパフェはテーブルのど真ん中にどかっと置かれる。これ以外で何に使うの聞きたくなるようなサイズのジョッキにこれでもかと言うほどフルーツやら生クリームやらが盛り込まれている。見てるだけで口の中が甘くなってくる。
その脇にはサイズは劣るものの、それなりの量がある和風パフェ。…待て、こいつまさかどっちも一人で食うつもりなのか?どんな胃してんだ…
「やっば…」
「それじゃいただきましょ」
「…え?俺も食うの?」
「当たり前でしょう?これ、”カップル用”メニューだもの」
…成る程。目に余るハートや星の装飾。両サイドに添えられたスプーン。どう見ても一人用じゃないサイズ。カップル限定メニューだ。
となれば、俺を連れてきた理由はこれのため…?
「…どんだけ甘党なんだよ」
「甘いものはすべてを救ってくれるの。ほら、早く食べないと溶けちゃうわ」
渋々スプーンを手に取り、パフェをひとすくいする。口に運ぶとフルーツの甘酸っぱさと生クリームの甘さが俺の口の中を埋め尽くした。その甘さをコーヒーで洗い流す。…これ一杯じゃ足りないかもな。
顔をしかめた俺の目の前にパフェの乗ったスプーンが差し出された。無論、差出人は目の前の女。
「はい、あーん」
「…は?」
なんの恥ずかしげも無くスプーンを差し出してくる結那に俺は思わず戸惑ってしまう。取り乱した俺の様子を見て結那はニヤニヤと笑う。
「あら、どうかしたのかしら?もしかして”こんなこと”でドキドキしちゃってるの?」
「…いや、カップル専用メニューだからってそこまでしなくてもいいだろ」
「別に恥ずかしいならやらなくていいわよ」
「…寄越せ」
「あっ」
我ながらムキになってしまった俺は結那の手首を摑んでスプーンを引き寄せるとパフェを口に運ぶ。多少の拭いきれない羞恥心が口に含んだパフェの味を薄れさせていた。
結那は俺に掴まれた手首を抑えて俺を睨みつけてくる。
「…変態」
「手首摑んだだけだろ。…それとも、学園ナンバーワンの柊さんにとっては少し恥ずかしかったのか?」
「っ、この…!」
「おいおい落ち着け。店の中だぞ」
「むー…」
結那は渋々と言った様子で拳を下げる。こんなところで騒ぎを起こして学園に知られればあの女に一泡吹かせる前に俺らの学園生活が危うくなる。それは彼女も察したのだろう。
結那は俺から視線を外すと、再びパフェを食べ始める。どれだけ機嫌が悪くてもスイーツを口にするとこいつの機嫌はたちまち良くなる。ちょろい女だ。
「ん〜!おいしい…」
俺が見ているのにも関わらず、結那はパフェを一口運ぶたびに可愛げのある笑顔を見せる。この笑顔を見るのが俺は好きだった。不思議とそれは今も変わらないようで、微笑ましく感じてしまう。
ふと目の前の光景と付き合いたての時の光景とが重なる。こいつと付き合っていたなんてのは認めたくもない事実だが、あの時が幸せだったのは確かだった。
それだけに、この状況がどうしても辛かった。…俺も案外キモいところあるんだな。
「どうしたの?手が止まってるわよ?」
「なんでもねーよ。少し胸焼けしてただけだ」
「ジジイね」
「誰がジジイだ」
その細い身にスルスルとパフェを入れていく結那を前に俺は少しだけ感傷に浸っていた。
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