第2話

 昨日の急展開から一夜。俺は休む事無く学校へ来ている。

 正直なところ来たくはなかったのだが、使命感というか、刷り込まれてしまった習慣というか、そんなもの達が俺が家にいることを許してはくれなかった。


 昨日はいろいろな悩みやショックも相まってなかなか眠れなかった。そのせいでかなりの睡眠不足に陥っている。

 そんな俺の意識を強制的に引きずり出すような胡散臭い声が鼓膜を揺らした。


「どした結城?今日はテンション低めか?」


 俺が顔を上げると、見るのも億劫になるほどに光る赤髪が目に入る。そいつは机に伏していた俺を見下ろして不思議そうな顔をしている。


 彼は式凪しきなぎ奏斗かなと。赤髪が特徴的なイケメンだ。ぱっと見ただけでも分かる端正な顔立ちがかなり映える。…同じ制服を来ているというのにこの俺との謎の差はなんなのだろうか。

 

「わり、寝不足でさ…」


「寝不足?…はっはーん、さてはまたお気に入りの”女優”でも見つけたか?いい奴いたら教えろよ」


 俺の話を聞いていなかったのか、疲れた俺の体を肩でグイグイと押してくる。

 イケメンというのは大きく別れて二種類がいる。性格から容姿まで完璧な根っからのイケメンと容姿がよくても中身が残念なタイプ。奏斗は後者だ。


「…お前なんか失礼な事考えてない?」


「…別に」


「いや、絶対考えてたろ。顔に出てるぞ」


 感情を隠すというのは思っているよりも難しいようだ。俺の顔を見た奏斗は眉間にシワを寄せた。怒った顔も絵になるのがムカつくところだ。


「まぁまぁ、後で柊の写真送るからさ」


「マジ!?やっぱり持つべきは友か…いくらでも失礼な事考えていいぞ!」


 わかりやすく喜ぶ奏斗を見て俺の憂鬱な気分も少し晴れてきた。

 何を隠そう彼は結那の事が好きだ。奏斗殻はかなりの回数アプローチを仕掛けているのだが、結果はどれも虎狼のものとなっている。だからこうして俺が秘蔵している中学時代の写真などを送りつけてやると大変喜ぶのだ。これも元彼の特権である。


「…にしても、変な話だよな。お前と柊さんが仲いいって。俺含め大抵の男は寄せ付けてないっていうのに」


 奏斗はクラスの女子達と話している結那に目線を滑らせた。

 彼女は学園でも有数の美少女と崇められているのと同時に、かなりの男嫌いとしても有名だ。いつからそうなったのかは俺も分かっていないが、高校に入ったときには既に異性を避けるようになっていた。…原因の一端に俺も含まれていることだろう。


「別に仲はいいってわけじゃないけどな…なんつーか、腐れ縁的な」


「それでもだよ。あの柊さんと関係を持ってるやつなんて真面目にお前だけだぜ?」


 彼女と関係を持っているという事実は本来なら喜ぶところなのだろうが、俺にはとても喜べることではなかった。なんせ、あいつは俺の元カノ。お互いに決裂した仲なのだ。例えあいつがどんなに可愛くなっても、俺の仲で付き合っていたという事実は紛れもなく汚点なのだ。


 そう考え込んでいると不意に結那と目線が合った。俺を確認した彼女は手元のスマホに視線を落とす。すると数秒後に俺のスマホが揺れた。

 そこに映っていたのは、ここ数年間起動されていなかった結那の連絡先からのメッセージだった。


『体育館裏の倉庫。昼休みに来て』


 彼女らしく端的なメッセージを確認すると、俺は既読だけ付けてあとは無視した。

 きっと昨日の返事とやらを聞きたいのだろう。あいつの命令通りに動いてやる必要は無い。あの誘いに乗るか乗らないかは自分の判断にかかっているのだ。


 結那の誘いの事で昨日一通り悩んでも結論に至ることはなかった。いきなり関わってきてまだやれるとか明らかに怪しいし、俺を陥れようとしている可能性だって無いわけじゃない。どこから俺が別れた情報を手に入れたのかはわからないが、警戒すべき事なのは確かだろう。

 それでも、俺の心は希望を求めていた。



 昼休み。奏斗からの昼食の誘いを断って俺は体育館裏の倉庫に向かって足を運んでいる。

 ドッキリだったならそれでいい。でも、少しでもあの女に仕返ししてやれる可能性があるのだとしたら一度は話を聞いておくべきだろう。生憎、俺はいいように捨てられて黙ってる程できた人間じゃない。それはあいつも知ってのことだろう。

 

 倉庫前まで来ると、誰かの話し声が聞こえてきた。それは昼休みの穏やかな雰囲気にはそぐわない、喧騒を思わせる声だった。


「どういうことなんだよ!急に別れろって!」


 その声に俺はドキリと心臓を跳ね上がらせた。すぐさま近くの扉に身を隠す。

 扉の裏から慎重に覗き込むと、男女の二人組が言い争っているのが見えた。男の方は知らない生徒だったが、女の方はひどく見覚えのある顔だ。それも、深く絶望を感じたことのある顔だった。


「しょうがないでしょ。あんたより良い男なんてこの世に何千といるんだから。それじゃ」


 無惨に男を切り捨てていくその姿。あの憎き姿は紛れもなく優花だ。どうやら俺だけでなく他の男達を引っ掻き回しているというのは本当だったらしい。

 優花はその男のことなど気にも止めず、その場を立ち去った。一人取り残された男の背中がひどく寂しい。同じ境遇である以上、同情せずにはいられなかった。


「ちょっと」


 男から目線を離して後ろをみると、そこには眉をひそめた結那が立っていた。相変わらずの冷徹フェイスは健在だ。


「遅いわ。私だって暇じゃないの」


 結那は俺が少し遅れたことにご立腹の様子だった。昔と変わらない鋭い目つきで俺を追い立ててくる。


「来てやったってのにひでぇな…来ただけ偉いと思ってほしいね」


「聞こえなかったのかしら?貴方と軽口を叩いてる暇は無いの。さっさと本題に入るわよ」


 結那は近くのマットの乗った台車に腰を下ろした。そして一つ間を置いて話し始める。


「…さっき見たんでしょう?あの女はこの学園で男を引っかき回してる。財布としておだてあげて、使えなくなったらすぐさま捨てる。誰も彼女がそんな非道な事をしてるとは思わないし、誰かが言い出しても白い目で見られるだけ。…あの女はこの学園をダシにして遊んでるのよ」


 先程の光景が脳内でフラッシュバックする。要らなくなったから捨てる。まるで人を人をして扱っていない。貢がせるだけ貢がせて捨てるとか、奴隷と称したほうが正しいといえるだろう。

 きっとこのまま放っておけば彼女はこの学園の女王として君臨し続ける。男子をこき使う、女王として。


「…一つ質問だ」


「生憎質問は受け付けてないの。私が聞きたいのはYESかNOかよ」


「そのための質問だ。…お前、優花の事をどこで知った?」


 俺の質問に結那は考え込んだ様子だった。十数秒の思考時間をおいて彼女は口を開く。


「…たまたま見かけたのよ」


 らしくなく、薄っぺらい反応だった。本来なら棘のある言葉の一つや二つ飛んできたっておかしくは無い。これでも彼女と付き合っていた身だ。彼女のことはよくわかっているつもりだ。だから確信して言える事が一つある。彼女は間違いなくなにかを隠している。

 俺は続けて問いかける。


「俺を選んだ理由は?他の奴でも良かったんじゃないか?」


「それもたまたまよ。次のターゲットが移ったタイミングで誰かに声をかけようとおもってたの。それがたまたま貴方だっただけ」


「だからってわざわざ俺にする必要はなかったんじゃないか?」


「なによ。もしかして遠慮してる?安心して頂戴。”そんなつもり”は一ミリも無いから」


 そうじゃない、と否定の句を述べようとしたが、それを静止するように結那は続ける。


「…実際、一刻も早く動きたかったの。あんなのを野放しにしておいたらこの学園が腐るのも時間の問題よ。くだらない正義感だと思ってもらって構わないわ」


「そんな正義感があるなら、一人でやればいいものを…」


「そうともいかないわ。私一人で追い詰めたところでただの一人芝居になってしまうもの。…それで、やってくれるの?」


 二度目の問いかけに俺は口を閉ざして考える。俺が出来る、最善の選択を。あの女に鉄槌を下すべきと騒ぐ心を静めて考える。この女と手を組むメリットを。

 答えが出るまではそう時間はかからなかった。


「…やる。これ以上同胞が増えるのは御免だ」


「そう。…やっぱりね。なら、契約成立ね」


 俺を陥れたあの女。この学園の男子を手にかけるあの女に俺は結那と復讐を誓った。




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