激ヤバ女に捨てられた俺を助けてくれたのは中学時代の彼女でした。

餅餠

第1話

 ラッキーなことが突然起こるように、その反対のアンラッキーなことも突然に起こる。きっとその出来事には普段の行いだとか、徳を積んでいるからだとかは関係無くて、前触れの無い、全くの偶然なのだ。

 

 昨日の帰り道。知らぬ男と手を繋いで歩いている彼女の姿を見た俺は雷に打たれたようなショックを覚えた。


 俺__不知火しらぬい結城ゆうきは高校に入学し、一歩踏み出そうということでダメ元でクラス一の美女である榊原さかきばら優花ゆうかに告白を申し込んだ。

 結果はまさかのOK。天にも昇る思いで俺は彼女とカップルになったのだ。


 カップルになってからは彼女に一途に尽くしてきた。記念日には忘れずにプレゼントを用意し、放課後は二人でデートに行ったり、彼女のために身だしなみだって見直した。

 小遣いの消える先は彼女への贈り物ばかり。プレゼントを受け取るたびに喜んでくれる彼女の姿を見るのが俺の楽しみだった。

 それだというのに、なぜ。


 そして次の日の放課後。俺は優花に直接問いかけた。昨日のは何だったのか。隣の男は?まさか浮気なのか?彼女の口から否定の句が飛んでくることを願って俺は問いかけた。

 きっと嘘だ。俺の誕生日も近いし、実は男友達にプレゼントを選んでもらっていたのに違いない。そんな俺の淡い期待は彼女の一言で儚く打ち砕かれた。


「はぁ…バレたか」


「…は?」


「あれは私の新しいカ・レ・シ。あんたとは終わりなのよ」


 その瞬間、頭が真っ白になった。人はあまりの衝撃を受けると外界からの刺激をシャットアウトして固まってしまうのだという。それが今の状況だった。

 一番聞きたくなかった事実。嘘であってほしいと願っていた現実が俺の思考をせき止める。それが決壊したころにはもう、俺の中に期待などは存在していなかった。


「な、なに言ってんだよ…じゃあ、俺とは…」


「あんたとはもう終わり。…良い財布だったわよ?」


 俺を嘲笑うように口元をつりあげた優花は既に俺の彼女ではない。今までただ愛おしかった彼女に対して俺はなんの感情も抱いていなかった。






 誰もいない教室。夕陽が差し込んでくる教室で俺は一人机に伏した。

 

「…はぁ」


 行場の無い感情がため息となって口から抜けていく。今は意識を保っているだけで精一杯だった。

 今考えてみればおかしな話だったのだ。冴えない俺がクラス一の美女の付き合うだなんて、どんな夢物語だよ。年頃の男子の妄想だったとしてもキツい。つり合わないとは思っていたが、彼女の笑顔を見るたびに俺の思考はかき乱されていた。結果、ズルズル引きずってこの様だ。

 

 思えばカップルにしては不思議な点が多かった。クラスメイトの前ではあまり関わらないのが鉄則だったし、金をせびられることも多かった。どうしてもと言うものだからいつも貸していたが、あれも演技だったのだろう。なんてちょろいんだ俺は…


 優花という存在が砕け散ったことで俺の心にはぽっかりと穴が開いていた。他のものでは埋めることのできない、大きな穴。代替品なんてどこにも存在していない。穴を通り抜ける空虚な思いがどうしても痛かった。


 もうすべてを捨ててしまいたい。どこか誰もいないところでずっと寝ていたい。いっそのこと、1ヶ月ぐらい休んでしまおうか。そんな思考が俺の頭を埋め尽くした時、近づく足音に気がついた。


「なぁ〜にしてるんですか先輩」


 耳が鳴るような少しうざったい声に顔を上げる。目の前にはピンクの髪を二つに分けたツインテールが目に入る。口元はにやりとつり上げ、少し気に触る声は聞き慣れたものだ。


「…真白」


 霜月しもつき真白ましろ。俺の一つ下の学年の一年生。よく俺を誂ってくる可愛げの無い後輩だ。中学からの付き合いで、仲はそこそこだが、いつもこの口は止まるところを知らない。今日もきっとそうだ。


「こんな時間に一人で教室だなんて…中二病再発ですか?」


「いつ俺は中二病になったんだよ。…今は少し放っておけ」


「孤高気取りですか?それ、イタイですよ?」


 俺を嘲笑う真白の言葉に俺の心にはモヤモヤしたものが現れ始める。普段ならこんな戯言、軽くあしらって終わりなのだが、生憎今の俺には余裕がなかった。

 『追い詰められた時こそ冷静に』とよく言われているがそんなのは俺のような絶望を味わったことが無い奴の言葉だ。


「らしくないですねぇ〜?もしかして落ち込んでます?女の子に振られちゃったんですか?それとも尻に敷かれて涙目敗走…」


「…黙れよ」


「…え?」


「黙れ。…人からかうのはタイミングを測れ。それができないなら関わってくるな」


 自分でも驚くほどに冷徹な声だった。それは真白の表情を見れば分かることで、予想外の反撃に彼女はたじろいでいた。


「…もう話しかけるな」


「せ、先輩…」


 真白が俺に話しかけてくるが、俺は受け答えをしない。しばらくして、教室から足音が遠のいていった。

 今はただ一人の時間が欲しい。抱え込むのも良くないが、今はただこのやり場の無い感情を噛み締めながら、余韻に浸ってゆっくりと消化したい。じゃないと、後で後悔するのは確かだ。

 しばらくして、再び足音が教室に入ってきた。




「…何をしてるの」


 ゆっくりと机から目線を上げる。また真白かと思っていた俺はそこに立っている女に目を見開いた。


 白くきめ細やかな肌。腰まで伸びた美しく艶のある青みがかった頭髪。すらっと伸びた背筋。端正な顔立ちはどこか花を思わせるような美しさを兼ね備えている。不思議な魅力に包まれた彼女に俺の視線は引き寄せられてしまう。

 深い蒼を宿した鋭い瞳はまっすぐに俺を見下ろしている。その瞳からは突き刺すような冷たさを感じられた。

 彼女の名はひいらぎ結那ゆいな。…優花と肩を並べて学園一と語られる美少女だ。


「なんで、ここに…」


「…たまたま通りかかったら貴方がいるのが見えたのよ。こんな時間に一人で教室って暇なの?」


 表でキャピキャピ振る舞う優花とは違って彼女は冷淡なタイプだ。ツンとした態度と言葉が俺の傷ついた心に突き刺さる。

 彼女の言葉に僅かな苛立ちを覚えた俺は再び顔を伏せた。


「…ちょっと」


「お前には関係無いだろ…」


 俺に拒絶されるとは思っていなかったのか、結那はどこか動揺した声を漏らす。

 無論、俺が彼女にこんな口の利き方をしているのには理由がある。それは彼女が俺の初めての相手___元カノだからだ。


 普段だったら話ぐらいは聞いてやるところだが、生憎今は一番会いたくないタイミングだ。俺もそこまで心が広いわけじゃない。


「なによその言い方…私には聞く権利も無いと言いたいのかしら?」


「そうだって言ってんだろ。もうお前は俺とはただの”他人”なんだ。関わる必要だって無いだろ。いいから___」


「…優花さんのことかしら?」


 結那の口から出たまさかの言葉に俺は顔を上げる。呆気に取られた俺の瞳には結那の相変わらずな表情が映った。


「なんでそれを…」


「…こうなるとは思ってたわ。あの子、見た目に反してやってることは可愛くないもの」


 すました彼女の横顔は俺の事情を知っているようだった。そして、優花のことも知っているらしい。俺が知らなかった事実を、彼女は知っている。


「パパ活にタバコ、酒に浮気…出来すぎた程に役満ね」


 俺が見た優花の顔は氷山の一角だったらしい。自分は知っていた気になっていたのだ。榊原優花という女を。でも、実際は何も分かっていなかった。

 結那の口から発せられる悪行の数々に俺は再び絶望の縁に落とされた。


「…貴方がこうなるのも時間の問題だと思ってたわよ。なんせ、男をたらい回しにするような女だもの。出過ぎた真似をするからこうなるのよ」


 まるで俺が付き合う前から優花の事を知っていたかのようないい振りに俺は再び苛立ちを覚えた。そうか、こいつは___

 俺は震えた口で言葉を放った。


「…はは、別れて傷心の俺を馬鹿にしたってわけか。流石いい趣味してんな」


「ちが、私は…」


「言い訳なんて聞きたくねーよ。…もう放っておいてくれ」


 俺が顔を伏せてもなお、離れていく足音は聞こえない。きっと哀れな俺を見下ろして愉悦に浸っているのだろう。いつもだったら追い払うところだが、今はそんな気力も無い。ただどこまでも落ちていってしまいたかった。

 彼女が口を開いたのは数分後だった。


「…喋らなくていいから聞いて。貴方は騙されて捨てられた。このままじゃ、今までの有象無象の男たちと同じゴミとして彼女の記憶から消えていくことになるの。…でも、貴方には出来る事があるはずよ。捨てられ、騙されていた貴方がこれ以上の被害を産まないためにも、出来ることが」


 俺に言い聞かせるように結那は言い放った。開いた心の穴をえぐるような言葉の数々に俺は歯噛みをする。だが、その痛みと同時に彼女の言葉は俺の頭に刻み込まれた。

 俺のことなど構わずに結那は続ける。


「私と手を組みなさい。そうすれば、あの女に仕返しを出来る」


 その力強い言葉は俺の憂鬱な気分を切り裂いて頭に入り込んできた。まるで存在を主張するかのように頭の中で何度もその言葉が鳴り響く。


「…返事は明日まで。待ってるから」


 そう言い残して結那は去っていった。

 俺の脳はすっかり混乱してしまっていた。急にあんな事を言われても理解しろという方が難しいものだ。ましてや、傷心中となれば言うまでもないだろう。

 あいつのことだ。俺をからかっているという可能性もあるだろう。100%信じられるというわけではない。

 この迷いに対する答えを心はそう簡単には出してくれないようだ。




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