第29話 十二星座の宝玉

 三人の女性は風呂から上がると、脱衣所に置かれた和風の浴衣ゆかたに着替える。

 床にたたみかれたニッポン的な客室へと通されると、木製のちゃぶ台に料理が乗せられていた。四人分の座布団が置かれていたが、魔王の姿は無い。


「まったく、ザガートのヤツ……女の裸をのぞきに来ないとは、なんて男だっ!」


 座布団にドガッと胡座あぐらをかいて座るやいなや、レジーナが憤慨する。魔王に風呂を覗かれなかった事に心底腹を立てる。男のイチモツを見られなかった腹いせとばかりに、夕飯として出された揚げたてのジャンボフランクをムシャムシャと食べる。


あねさん、そんなに師匠のアレが見たかったんスか……ハハハッ」


 王女の発言になずみが苦笑いする。おかしな言動にあきれるあまり、かわいた笑いが口から漏れ出す。となりにいたルシルも一緒に笑う。


「見たいに決まっているだろう! 何しろヤツはその魔神のごときアレを、私のアソコにブチ……ゴホン。と、とにかくっ! 私にはヤツのアレを見る権利がある!!」


 レジーナは下ネタを言いそうになり、慌ててせき払いすると、握り拳でちゃぶ台をドンッと叩きながら力説する。


「だいたいヤツはどうしたんだッ! 宿の入口で別れたきり、一度も私達の前に姿を見せないじゃないか! 三人のレディをほったらかしにするとは、ハーレム失格だぞ!!」


 一向に現れる気配が無いザガートに苦言をていした。


「ザガート様なら風呂から上がった後、宿を出て村長の家に一人で向かったと……さっきそう店主に言われました。なんでも大事な用があるとか……」


 怒りが収まらないレジーナに、ルシルが魔王の所在を伝える。


「村長の家……だと!?」


  ◇    ◇    ◇


 外が深い闇に覆われて、村人が寝静まった真夜中……フクロウがホゥーホゥーと鳴く声が聞こえる。屈強な若者が松明たいまつを持ちながら村の中を巡回しており、木製の物見やぐらに上がった一人が望遠鏡で遠くを見張る。


 村のすみにある小さな一軒家……その中にある洋風の応接間らしき一室。

 木製の四角いテーブルの前に置かれた椅子に、ザガートが腕組みしながら座る。彼が一人で待っていると、村長が部屋へと入ってくる。


「どうも……お待たせしてすいません。何分なにぶん倉庫の奥にしまってあったので、見つけるのに時間が掛かりました」


 そう言って申し訳なさそうに頭を下げると、手に抱えていた何かをテーブルの上にドンッと置く。


 それは辞書のように大きな一冊の本だった。ほこりは払ってあったものの、それでも表紙は色あせて、紙質は古ぼけていて汚い。文字はかすれていたが、かろうじて読める。相当年季の入った書物である事がうかがえる。


「これは、この村に古くから伝わるものです。村の歴史は王国よりも古い……王国の書物にしるされていない古代の歴史も、この本になら載っている」


 村長が、昔の出来事が書かれた本だと伝える。ページを開いてペラペラめくった後、めくる手を止めて、ある一点を指差す。


「書物によると、これまで二度世界を救ったとされる異世界から来た勇者は、いずれもある物を集めたと言います。十二星座の紋章が刻まれた宝玉オーブ……神が地上にもたらした物で、それを全て集めなければ、大魔王の城に辿たどり着けないと、この本に書かれています」


 十二の宝玉の存在に触れて、敵の城に向かう唯一の方法なのだと教える。


「過去の戦いでは、大魔王はそれが人の手に渡らないよう先に回収し、自分の部下に分け与えたようです。勇者は彼らを討伐して宝玉を集めたと……今回も恐らくそうなるでしょう」


 宝玉を集めるために、魔王軍の幹部と戦わなければならない可能性に言及する。


(フーーム……世界各地を旅して、敵をやっつけて、宝玉を集める……か。やはり世界を救うためには、一筋縄では行かないようだ)


 ザガートがあごに手を当てて眉間みけんしわを寄せながら考え込む。村長から聞いた話を頭の中で整理し、これからすべき事に思いをせた。

 やるべき事がはっきりと見えた安心感と、それを面倒だと思う気持ちが交錯する。今いるのはまぎれもなく現実の異世界だが、大魔王を倒すのはゲーム同様に手間の掛かる事だと自分を納得させた。


「それと、これからお話するのは今後の事なのですが……」


 村長はそう言って、ゆっくりと本を閉じる。


「スライムに包囲される前に村を通りかかった冒険者が口にしたのです。ここから南西に数キロ離れた場所に、地底深く掘られた大洞窟があると……そこは恐ろしい魔獣の住処すみかになっていたと、そう話していました」


 村の南西にあるという地下洞窟の存在について話す。


「もしそこに魔王軍の幹部がいるのであれば、宝玉の一つがあるやもしれませぬ」


 冒険の役に立つ品があるかもしれないと、推測をまじえながら教えた。


「フム、ならば明日はその洞窟へと向かい……ムッ!?」


 そう言いかけたザガートが言葉を止める。

 急に黙り込んだと思ったら、突然窓をガラッと開けて、部屋の外をじっと眺める。視界の先には暗闇に包まれた森があるだけで、人の姿は無い。それでも男は静かに聞き耳を立てたり、クンクンと鼻を動かして空気のニオイをいだりした。


「ザガート様、どうかなされましたか?」


 異変に気付いたらしき男の様子を見て、ゾシーが問いかける。


「村長……どうやら洞窟に向かう必要は無くなったようだ」


 ザガートが後ろを振り返らぬまま疑問に答える。


「明日の朝……この村に魔族の群れが攻め寄せてくる」


 ニタァッと口元をゆがませながら、小声でつぶやいた。自分から向かう手間が省けた事を喜ぶように、腕組みしながら満足げな笑みを浮かべる。


「ええっ!?」


 彼とは対照的に、魔族襲来の報を告げられた村長が顔面蒼白になる。あまりの驚きに声が裏返り、ひっくり返るように後ろにジャンプした。


  ◇    ◇    ◇


 一方その頃……村から遠く離れた森の奥深く。

 ゴブリンの群れが目的地に向かって隊列を崩さずに歩く。木の根っこに足を取られて思うように先に進めず、移動に時間が掛かる。この分では村に着くまでに数時間は掛かるように見えた。


 ゴブリン達の後ろには四足歩行する巨大な化け物がおり、その背中に小さな男が乗る。集団の指揮官であろうと思われる小男が、一刻も早く戦いたい期待で体をウズウズさせる。


「待ってなさい、異世界の魔王ザガート……必ずやこのケセフ、貴方を血祭りに上げて、かつて受けた汚名を晴らして差し上げましょう。ホワーーーッハッハッハッハァッ!!」


 空に浮かぶ月を見上げて甲高い声で笑いながら、復讐を果たす事を誓うのだった。

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