第30話 ケセフ襲来す

 ザガート達一行がムーア村を訪れた日の翌朝。

 時計の針が『六』を指して、東の空が明るくなって太陽が昇ろうとした時……。


「ムッ……あれは!?」


 木製の物見やぐらに上がって、望遠鏡で遠くの森を監視していた村人が異変に気付く。

 視界の先にある茂みがガサガサと音を立てて揺れて、小さな人影が動いているのが見えた。それも一人や二人ではなく、数十人が隊列を組んで村へと向かっている。

 木の影に隠れてはっきりと姿は見えないが、目は赤く光っており、魔族である事を容易に悟らせた。


「まっ、魔族だぁーーーーっ! 魔族が村に攻めてきたぞぉぉぉぉおおおおおおーーーーーーっ!!」


 大声で叫びながら鐘をカンカン鳴らして、敵の襲来を告げる。

 彼のしらせを聞いて、建物の中にいた村人が一斉に外へと飛び出し、広場に集まる。村長ゾシーも、ザガートとその仲間達もいる。レジーナは鎧に着替えて剣を装備し、なずみも両腰に数本のくないをぶら下げている。


「村長は皆を連れて安全な場所に隠れていろ! 魔族の群れは俺達が迎え撃つ! 村人には一人の犠牲者も出させはせん!!」


 ザガートがテキパキと指示を出す。敵との戦いを一手に引き受ける事を提案する。

 相手の狙いは恐らく自分達であろうと考え、赤の他人に迷惑を掛けられない思いが胸中にあった。


「分かりました! ここは貴方がたにお任せします。ですが、どうかお気を付けて……」


 魔王の心情を察して、ゾシーがこころよく了承する。一行の強さを信じながらも、身を案ずる言葉を掛けた。

 無事を祈るようにペコリと頭を下げると、村人を連れて移動を始める。村の中央にある鉄製の倉庫のような建物へと入ると、扉を閉めて鍵を掛けた。


 住人の避難が完了したのとほぼ同時に、さくかこまれた村の入口に魔物の群れが到着する。最初に四十体のゴブリンが姿を現した後、それらが左右二十体ずつに分かれて道を開けて、中央をのっしのしと巨大な何かが四足歩行で歩いてくる。


 それは全長七メートルをすイリエワニの姿をした爬虫類の化け物だった。皮膚ははがねのように硬く、牙は剣のように鋭い。オーク程度なら簡単に捕食してしまいそうだ。

 さらにその背中に、トランプのジョーカーのような道化師の格好をした小男が乗る。


「数日ぶりだな……ケセフ」


 見覚えのある男の姿を目にして、ザガートが名を口にする。


「ホワッハッハッハッ! 相変わらず元気そうですね……異世界の魔王ッ! 貴方がこの村にいると、部下から報告を受けましてね……洞窟で待っているのは面倒だと思い、こちらから攻めて来てあげましたよ!!」


 ケセフが魔獣の背中からピョンッと飛び降りて、笑いながら挨拶あいさつする。村の南西にある洞窟が彼の根城であった事、そこから部下を引き連れて襲撃してきた事を伝える。


「わざわざ洞窟に向かう手間が省けて、大変助かる。だが良いのか? オークの大群十万を全滅させた俺に対して、その程度の戦力ではいささか力不足ではないか?」


 ザガートが皮肉じりに言葉を返す。敵が従えた現行戦力では、自分を殺すには到底足りないと指摘する。


「フフフッ……余計な心配はご無用。貴方を殺すための手札はちゃんと用意してあります。そうして余裕ぶっていられるのも今のうちですよ」


 道化師が意味ありげにニヤリと笑う。彼の口にした手札というのがここまで乗ってきたイリエワニなのか、それとも別に何かいるのかは分からない。


「さあゴブリン共、此奴こやつらを血祭りに上げなさいッ! 我らに逆らいし愚か者どもをバラバラに引き裂いて、こまれの肉片にして、大魔王様へのもつとして捧げるのです!!」


 一行を指差しながら部下達に処刑を命じる。

 彼の命を受けて、ゴブリン達が武器を構えながら一斉に前へと歩き出す。

 ワニは仲間を巻き込まないようにするためか、ひとまずその場に待機する。


「ギギギィィィイイイイイーーーーーーッ!」


 群れの先頭にいた一体が不気味な奇声を発しながら、先陣を切るように駆け出す。まず真っ先に弱い獲物から狙おうと考えたのか、他の敵には目もくれず、ルシルへと向かっていく。


「業火よ放て……火炎光矢ファイヤー・アローッ!!」


 ルシルが正面に両手のひらをかざしながら攻撃呪文を唱える。手のひらから煌々こうこうと燃え盛る火球が放たれてゴブリンに命中し、一瞬にして体が炎に包まれた。


「ウギャアアアアアーーーーーッ!」


 全身を灼熱の業火で焼かれた小鬼が悲鳴を上げてもだえる。火だるまになったままゴロゴロと地面を転げ回ったが、やがてピクリとも動かなくなる。


「オノレェェェェエエエエエエッ!!」


 仲間を殺された事に激昂した一体が、仇を取らんと群れから飛び出す。別の一体が数秒遅れて彼の後に続く。


「でやぁぁぁぁああああああーーーーーーっっ!!」


 レジーナが勇ましくえながら敵に向かって駆け出す。両手で握った一振りの剣を横ぎに振って、すれ違いざまにゴブリンの腹を切り裂く。そのまま足を止めずに走ると、剣を下から上へとスイングするように高く振り上げて、目の前にいる二体目を一刀両断する。


「ギャアアアアアアアッ!!」

「グワアアアアーーーーッ!」


 二匹の小鬼が断末魔の悲鳴を発する。横一文字に斬られた最初の一体は胴体が上と下半分ずつに分かれて、上半身がズルリとすべるように転がり落ちて、そのまま動かなくなる。縦一閃いっせんに切り裂かれた二体目は傷口から真っ赤な血を噴きながら後ろに倒れて、苦痛に顔をゆがませたまま息絶えた。


「死ネエエエエエッ!!」


 剣を大きく振ってすきを見せた王女を狙わんと、三体のゴブリンが駆け出す。手にしたナイフで相手をメッタ刺しにしようともくろむ。


「させないッス!」


 なずみが腰にぶら下げてあったくないを手で引き抜いて投げ付ける。レジーナに襲いかかろうとした三体の眉間みけん、首元、左の脇腹にそれぞれ命中する。


「ギャ!」

「グエッ!」

「ウゲェッ!」


 くないがブスリと刺さった痛みで、足で踏まれたウシガエルのような絶叫がこだまする。王女を襲おうとした手が止まり、傷口を両手で抑えながらもだえる。


「師匠にカッコイイ所、見せるッスよ!」


 なずみが強い意気込みを口にしながら三体のゴブリンに向かって駆け出す。痛みに気を取られた今が絶好のチャンスと見抜く。背中の帯にしてあったさやから短刀を引き抜くと、先頭にいた一体に斬りかかる。

 少女の刀は急所を正確にとらえて、ゴブリンのけい動脈にザックリと刀傷が付けられた。


「ギャアアアアアッ!」


 傷口から真っ赤な血を噴いた小鬼が、激痛にもがき苦しみながら息絶えた。

 なずみは残る二体にも襲いかかっていき、同じようにズバズバと切り裂く。彼らも首筋から真っ赤な血を噴いて死ぬ。

 少女の攻撃はわずか一瞬の間に行われ、とてもゴブリンごときに見切れる速さではない。

 さらにパワーでは王女に大きく劣る非力さを、敵の急所を正確に射抜く事によってカバーしていた。すでに実戦の経験を積んでいるであろう事がうかがえる。


(ほう……三人とも、なかなかやるじゃないか)


 少女たちの奮戦ぶりにザガートが思わず舌を巻く。予想以上の戦果を上げた事に素直に感心する。


 彼女たちをゴブリンと戦わせる事に内心不安があった。この程度の魔物に苦戦するようなら、過酷な旅に連れて行くべきでは無いかもしれないとも考えた。

 だが期待以上の強さを見せ付けた頼もしさに、抱いた不安がゆうであったと気付く。この先彼女たちに倒せる程度の敵が現れたら、えて任せる事によって実戦経験を積ませ、成長をうながさせるべきだと思い至るのだった。

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