第27話 ムーア村へと

 なずみと名乗るくノ一の少女を加えた一行は森の出口に向かって歩く。

 本来西も東も分からないほど同じ景色が続く樹海だったが、先頭を歩くザガートが探知の魔法を使っているのか、方角に迷う様子は無い。ある一点を目指してズカズカと歩く。


 やがて地平の彼方に木漏れ日がして、森の中が明るくなる。前に進むほど植物の密集の度合いが減っていき、木と木のすきから青空が見えてくる。

 視界の先にある光を目指して歩くと、一行は開けた空間へと出る。


「おおっ……!!」


 レジーナが感嘆の言葉を漏らす。樹海の外に出ると、すぐ目の前に大きな村があった。その村は森の中央にくり抜かれた穴のようにデンッと存在している。ヒルデブルク王タルケンが言っていたムーア村である事は想像にかたくない。


 ザガート達がさくかこまれた村の入口に足を踏み入れると、村人の一人が驚いた顔をする。


「おおーーーーい! みんなぁーーーーっ! 魔王様が来たぞぉぉぉぉおおおおおおーーーーーーーーっっ!!」


 号令でも掛けるように、村中に響かんばかりの大きな声で叫ぶ。

 彼の声を聞いて、村のあちこちから次々に人が集まる。一行の前にあっという間に人だかりが出来る。

 村人達はザガートを見るやいなや、興奮気味に歓声を上げたり、となりにいる者とヒソヒソ話したりする。


「あれが魔王……」

「オークの大群十万を撃滅したというウワサの……」

「なんてイケメンなのかしら」

「森のスライムを全滅させたそうだ」


 そんな会話が聞こえてくる。

 村人達の中に魔王への恐れはじんも無く、有名人を歓迎する空気にあふれていた。


 にわかにざわつく観衆の中から、一人の男が進み出る。


「辺境の村へと、よくぞ参られた……貴方がたの到着を心待ちにしておりましたぞ」


 ザガート達の前に立つと、そう言って挨拶あいさつしながらペコリと頭を下げる。


 その男、年齢は六十歳くらいに見え、長身でせ型の体格をしている。灰色に染まった髪は七三分けに整えてあり、鼻の下にチョビひげを生やす。バーテンダーか執事が似合いそうな紳士的な雰囲気を漂わせた、落ち着いた男性だった。


「私はこの村の村長をつとめるゾシーと言います……以後お見知りおきを」


 男が丁寧な物言いで自己紹介する。この村で一番えらい人物なのだという。


「貴方様のウワサは大陸中に広まっております。なんでも世界を救う旅に出た、魔族と敵対する魔王だとか……村人達の中には貴方様を『魔王の姿をした勇者』だと考える者もおります。我々に協力できる事がありましたら、何なりとおっしゃって下さい。助力は惜しみません」


 ザガートの名声が世間に知れ渡った事、それにより村が歓迎ムード一色に染まった事を伝える。救世主への惜しみない援助を申し出た。


(オイ……いくらなんでも、話がサクサク進みすぎじゃないか!? 実はこの村長という男も、ギド同様に魔族が化けてるんじゃなかろうな!!)


 あまりに話がウマすぎると感じて、レジーナが慌てて魔王に耳打ちする。


(案ずるな……魔族が化けていたら、俺には一目で分かる。もし何か悪いたくらみをしていたら、その時は全力で対処する。殺気や悪意があれば見抜けるし、魔法で覆い隠しても俺はだません。だが俺が見る限り、彼から敵意は感じなかった)


 ザガートがヒソヒソと小声で王女に答える。村長が警戒にあたいする人物ではない事を伝える。


(そうか……なら良いのだが)


 王女がホッと一安心する。大臣の一件があり、疑心暗鬼にならずにいられない。

 だが大臣の正体を見破った魔王がそう言うなら大丈夫だろうと警戒を解く。


「話したい事は山ほどあるが……まずは宿を紹介してもらいたい。詳しい話はそれからだ」


 ザガートが早速さっそく村長に頼み事をする。大事な用件は後回しにして、まずは体を休める場所を確保するのが先決だと考えた。


「分かりました……この村一番の、お勧めの宿に案内しましょう。ささ、どうぞこちらへ」


 村長はそう言うと、そそくさと村の中へと歩き出す。ザガート達も彼の後に続く。

 魔王を見るために集まった人だかりは、数人がその場に残り、他の者は祭りが終わったように元いた場所へと帰っていく。


 村長に連れられた一行が村の中をぞろぞろ歩くと、通りかかった村人が手を振って見送ったり、歓迎の言葉を掛けたりする。中には手を合わせてナムナムと仏像に祈るようにおがむ老婆や、目をキラキラ輝かせて握手を求める子供もいた。


ウワサが広まったのは分かるが……それにしても村人の歓待ぶりは只事ただごとじゃないな。何かあったのか?」


 ザガートがさすがに普通じゃないと感じて、歩きながら村長に問い質す。


「周辺の森にスライムがみ着きましてな……村の中までは入って来なかったものの、森を通ろうとする旅人を襲ったのです。我々も彼らにホトホト困り果てました。何度か討伐しようとしたり、冒険者を雇ってはみたものの、数は一向に減りません。それどころか、どんどん増えていく」


 魔王の問いにゾシーが答える。魔族の群れに悩まされていた事を明かす。


「ですがついさっき、遠くの森で爆発音と共に白煙が立ちのぼるのを村の者が見たのです。恐らくスライムが火炎魔法で焼かれたのだろうと思い、一人が慌てて様子を見に行きました。するとはるか彼方で貴方様がスライムを全滅させた光景が目に入ったとの事……その者はすぐ村に戻って、一部始終を我らに伝えました」


 ザガートが戦う場面を目撃した村人がいる事実を教える。


「我らは歓喜しました。ああ、これでスライムに悩まされる事は無くなると……貴方は村を救った英雄です。みながその事を喜んでいるのです」


 村を悩ませた障害が取り除かれた事、それにより感謝の念を抱いた事が歓待の理由であると語る。


「フム……そういう事なら納得しよう」


 村長の言葉に、ザガートが声に出してうなずく。特に理由なく歓迎されては不気味だと身構えたが、村人の心情を理解して好意に甘える事にした。


 かくして一行は道ゆく人に声を掛けられながら、宿屋を目指して歩くのだった。

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