第7話 何でもするって約束したから
ザガートが村を救った日の晩……ギレネス村はお祭り騒ぎになる。
村を焼かれた爪痕こそ残ったものの、それでも一人の犠牲者も出ずに魔族を退けられた事に皆が大喜びする。英雄の誕生に歓喜しながら、飲めや歌えのドンチャン騒ぎに
村のそこかしこで大人達が酒と肉をかっ喰らいながら、ガハハと楽しそうに笑う。数人で肩を組んで歩きながら「魔族なんか怖くないぞ」と即興で作った歌を
子供達は『ザガートごっこ』をして遊ぶ。村を救った魔王を英雄としてもてはやす。
宿屋と一体化した村の酒場も大盛況だ。ひっきり無しに注文が出されて、皿に乗せた料理を女性店員が大慌てで運ぶ。コックは手の休まる
村の大人から子供まで、誰もがお祭りムードを楽しんでいた。
「……」
酒場にいた客の中でただ一人、ルシルだけが大人しくしていた。
最初、魔王を恐ろしい人だと思っていた。他人を傷付ける事を躊躇しない、血も涙も無い冷血漢に見えた。村に
だが彼は言動や実力こそ魔王のそれだったが、村を救ってくれた。魔族に殺された村人の命を生き返らせてくれた。魔族の手から人々を守ると約束してくれた。
破壊と
食べかけのフランクフルトをじーっと眺めながら、ルシルは彼の事を思い出す。魔王の事を考えただけで、心臓がドキドキ高鳴る。高熱にうなされたかのように、体の
村を救われたお礼をしたい気持ちがあったが、勇気が出ず足がすくんで動かない。気後れした猫のように下を向いたまま小さく縮こまる。
少女が自分の臆病さをもどかしく感じていると……。
「ルシルや、こんな所にいたのか」
彼女の祖父であるテラジが話しかけてきた。孫を探してあちこち歩き回ったらしい。
「村の者が話しておったぞ。お前がザガート様に村を救うようお願いしたそうじゃな。まずはその事に感謝せねばなるまいて」
魔王に村を救わせた孫娘の行為に深く感謝する。
「お
ルシルがゆっくり顔を上げる。明らかに浮かない表情をしており、悩みを抱えている事が一目見ただけで十二分に伝わる。
孫娘の心情を察して、テラジが背中を押そうと口を開く。
「ザガート様は明日の昼には村を出るそうじゃ。何でもここから西に向かった所にあるヒルデブルク城へ向かうとか」
「……ッ!!」
魔王が村を離れる事を伝えると、少女の表情が
「ザガート様は、この宿の二階に泊まっておられる。伝えたい思いがあるなら、今のうちに伝えておきなさい。でないと、一生後悔する事になる……」
テラジがそう言ってニッコリ笑う。魔王が宿に泊まっている事を伝えて、孫に奮起を
「お爺様、私……ッ!!」
ルシルがガタッと音を立てて椅子から立ち上がる。力強い足取りで階段へと向かっていき、スタスタと階段を上っていく。その表情には一切迷いが無い。
「頑張るんじゃぞ……」
孫娘の勇気ある行動を、村長は真剣な眼差しで見送った。
◇ ◇ ◇
宿の二階に上がって廊下突き当たりの寝室にいたザガートは、ベッドの上に紙の地図を広げていた。
ギレネス村の西にそびえ立つヒルデブルク城、
(まずは情報を集めねばならん……この世界に関する情報が
いくら力があっても、それだけで全て解決する訳ではない。彼はこの世界の歴史も、大魔王の事も、何も知らないのだ。まず第一にそれを知る必要があると考えた。王城に向かおうと思い立ったのも、その
ザガートが今後について思案していると、コンコンとドアを叩く音が鳴る。
「入れ」
男が許可を出すと、ドアが開いて一人の少女が入ってくる。
少女は慎重に辺りを見回すと、音を立てないように後ろのドアをそっと閉めた。
「ルシルか……何の用だ」
少女の姿を目にして、ザガートが「何だお前か」と言いたげな顔をする。紙の地図を折り
別段怒っていた訳ではないが、特に歓迎する様子もない。考え事に集中していた所に水を差された思いがあったのか、無愛想な態度を取る。
「あ、あの……私……お礼が言いたくて」
男に要件を問われて、ルシルがしどろもどろする。よほど言い
「村を救ったら何でもするって約束したから……約束を果たしに来ました」
それでも勇気を振り絞って、部屋に来た理由を伝える。
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