第8話 新たな旅立ち

「ん? お、おお……そう言えばそうだったな」


 ザガートが一瞬間の抜けた受け答えをする。約束をすっかり忘れていたため、不意を突かれる形となった。

 彼が村を救ったのは彼なりの打算的な考えがあったからで、少女が何でもすると言ったからではない。たとえ少女が何も言わなくても、男は村を救うつもりでいた。


「では……今ここで服を脱いで、裸になってもらおうか」


 それでもイジワルしてみたい気持ちがムクムクと湧き上がり、ニタァッと邪悪に口元をゆがませた。少女が本当に何でもするか試したい好奇心に駆られて、わざと無茶な要求をぶつけてみた。


「はい……おおせのままに」


 ルシルは恥ずかしそうに顔を赤くして、目を閉じて下を向くと、すぐに上着を脱ごうとした。


「ま、待てルシルっ! 早まるんじゃない! 良いか落ち着け、落ち着くんだっ! 何でもするというのは冗談だと思っていた! まさか本当に服を脱ぐとは思わなかった! きっ、貴様は俺が死ねと命じれば、命までも差し出す覚悟なのか!?」


 魔王がなかばパニックにおちいりながら、少女の行動を慌てて止める。予想だにしない相手の反応に、心の底から動揺した。

 彼女がそこまで大きな決断をしたとは考えておらず、全く想定外の事態となった。


「冗談なんかじゃありません……私、本気です。貴方が助けてくれなかったら、今頃私も村のみんなも、とっくにオークに殺されてた……こうして無事でなんかいられなかった。私、貴方に深く感謝してるんです」


 ルシルは真剣な表情で相手を見ながら、切実な思いを打ち明ける。

 魔王が村を助けた行為に心から感謝している気持ちを伝えて、自分の必死さをアピールしようとした。


「私、貴方に恩返しがしたい……貴方が喜ぶなら、どんな事だってしたい。貴方がそれを望むなら、私はこの身を喜んで差し出します……」


 涙で瞳をうるませながら、決していつわらざる気迫に満ちた言葉を吐く。相手のどんな要求も受け入れる覚悟を明確に示す。


「………」


 彼女の悲壮な決意を知らされて、ザガートがしばし黙り込む。少女の思いにどう応えるべきか悩む。

 言葉通りに『何でも』して良いのかという迷いはあった。好意に甘えて彼女の大切なものを奪う事に、良心のしゃくがあった。


 だが彼女は自分を喜ばせたくて、ここに来た。自分に喜んでもらう事こそ、彼女がもっとも幸せになれる選択肢だと結論付けた。

 好意を無下むげにすれば、彼女が深く傷付いて落胆するであろう事は想像にかたくない。自分に女の魅力が無いと誤解して落ち込むかもしれない。


 考えが決まると、ザガートが数歩進んでルシルの前に立つ。数センチしか離れない距離まで顔を近付ける。


「……自分の決断を後悔しない覚悟はあるか」


 相手の顔をじっと見ながら、念を押すように問いかけた。


「……はい」


 ルシルが消え入りそうにか細い声でコクンとうなずく。


「ならば……俺の女になれ」


 そう言うや否や、ザガートが少女の体を両手でグイッと抱き寄せた。強い力でぎゅうっと抱き締めたまま、二人のくちびると唇がビッタリと重なり合う。


「んっ……」


 強引にキスされても、ルシルは一切抵抗しない。おびえるように目を閉じて体をプルプル震わせたが、相手のなすがままにさせる。

 少女に抵抗の意思が無いと判断して、ザガートがそのままベッドに押し倒す。果物の皮をくように、乱暴に服を脱がしていく。そして……。




 その晩、ザガートとルシルは激しく愛し合った!!!!




 ――――数時間後。


 チュンチュンと小鳥が鳴く朝……カーテンのすきから日光が部屋にし込む。


 全裸のまま毛布にくるまったルシルが、ベッドで横向きになって眠る。ベッドの下に乱暴に脱ぎ捨てた二人の服が散乱する。

 少女の乱れた髪、汗でじっとり濡れたシーツ、ゴミ箱に山のように積まれた使用済みのティッシュ……それらが昨晩の行為の激しさを物語る。


 ザガートは全裸で窓辺に立つと、カーテンを開けて日の光を肌で浴びる。男のたくましい汗ばんだ肉体が、日光を反射してキラキラと輝く。

 男は窓から村の景色を一望しながら、料理として部屋に運ばれた『とろけるチーズサンド』を、手でつかんでムシャムシャとうまそうに食べる。


 彼にとってこれが初めてのセックスとなったが、転生時に五百年分の経験を得た為か、童貞を捨てた感慨は無い。昨晩の行為も、まるでやり慣れたかのようにスムーズだった。


 それでもけがれを知らない無垢むくな乙女に、オンナのよろこびを教えられた達成感があった。何か大きな事をやり遂げた満足感にひたる。

 いけない事をしてしまった背徳感、清らかな乙女の純潔を穢してしまった罪悪感があったが、そのドキドキ感すらくせになりそうだ。



 ……思えば、前世では何一つとして手に入らなかった。

 チンピラに絡まれた少女を助けたのに、無実の罪を着せられた。誰からも感謝の言葉を掛けられなかった。

 勉強もスポーツも必死に頑張ったのに、たった一つの失敗で全てを失った。

 最後は幼い少女を助けて命まで失った。

 薄れゆく意識の中で、自分のクソみたいな人生を呪った。もう人助けはコリゴリだと、そう誓ったはずだった。


 だがこの世界に来てからは、全てが良い方向に転がった。

 魔物をブチ殺せば感謝され、死者を生き返らせれば英雄扱いされ、助けた女性には好意を抱かれた。

 力、名声、女……一晩で欲しい物全てが手に入った。

 これまで抱いたかわきが満たされて、ようやく生きている実感が湧いた。生きてて良かったと思える事象に巡り会えた。

 人助けも悪くない……初めて、そう思えた。前世の行いがむくわれた気がした。


(まだだ……まだこんな所では立ち止まれん。俺が目指すものは、ここよりずっと遠い先にある……)


 ザガートが、この程度で満足すまいと自分にくぎを刺す。欲が満たされてスッキリしそうになった気持ちに、かつを入れて初心を思い出させようとした。

 こんな小さな村一つ救った程度で終わる気など、彼には毛頭無い。世界に英雄の名をとどろかせるのだと野心を燃やす。


 その為には、何としても大魔王アザトホースを倒さねばならない。

 彼が生きている限り、真に世界を救った事にはならないのだから――――。



 決意を胸に抱いたザガートが後ろを振り返ると、ルシルは相変わらずベッドで熟睡している。よほど昨晩の行為で疲れたのか、スゥスゥと気持ち良さそうに寝息を立てており、一向に起きる気配が無い。


 ザガートはベッドに近寄ると、ぐっすり眠る少女のほほを、からかうように指で突っつく。指で触れた肌の感触がモチモチする。


「んっ……」


 それでも少女はかすかに体をピクッと震わせただけで、全く起きようとしない。完全に意識が夢の中にいる。


(……かわいい娘だ)


 子犬のような少女の寝顔がたまらなくいとおしくなり、ザガートはルシルの頬にそっと優しくキスした。


  ◇    ◇    ◇


 太陽がのぼった昼下がり……村の入口で、ザガートとテラジが別れの言葉を交わしていた。

 英雄の旅立ちを見送ろうと、多数の村人が門に集まる。ルシルはテラジのとなりにいる。


「村長……俺がいなくても村が大丈夫なように、これをアンタにやろう」


 ザガートはそう言うと、服のそでから小さな宝石の付いた指輪を取り出し、老人の右手の中指にめる。魔王が嵌めているものとは外見が異なる。


「ザガート様、これは一体何ですかな?」


 突然の贈り物にテラジが困惑しながら問いかける。


「その指輪を嵌めれば、魔力を持たぬ者でも中級の魔法が使えるようになる。それも回数無制限にだ。致死風デッドリー・エアだって使い放題……ゴブリンやオークの大群程度なら、余裕で返り討ちに出来るだろう。それでも倒せない敵が襲ってきたら、その時はすぐに助けに向かう」


 ザガートが指輪の効果について説明する。それは村長が強力な魔法を使えるようになる魔道具だった。村人に自衛の手段を与える事で、自分が不在でも村の安全を保証しようというこころみだ。


「おお……これは何とも心強い。これで村の未来も安泰ですじゃ」


 魔王の気遣いにテラジが深く感謝する。男がしばらく村を開ける事に内心不安があったが、その懸念が払拭された事実に大いに感激する。


「……」


 村長の隣にいたルシルが浮かない顔をした。言いたい事があっても言い出せないように、下を向いてモジモジしながら黙り込む。


「……お前も一緒に来るか?」


 少女の心情を察して、ザガートが誘いを掛けた。


「私なんかが……」


 私なんかが付いていっても、足手まといになるだけだから……そう言いかけて、少女が口をつぐむ。


「若い娘が、大人に気を遣うものではない……自分の気持ちに正直に生きなければ、いつか大きな決断に踏み出せず、一生後悔する事になる」


 男が彼女の煮え切らない態度をたしなめた。少女の決断を後押ししようと、背中に手を回して自分の方へグイッと抱き寄せて、体を密着させる。


「心配するな……俺が守ってやる」


 相手の顔をじっと覗き込んで、優しく言葉を掛けた。


「……はいっ!」


 男の力強い言葉に、ルシルが嬉しそうに返事した。これまで胸に抱えたモヤモヤが払拭されたように晴れやかな笑顔になる。

 男の好意に甘えて良いのかという迷いはあった。だが彼はそれをして良いと言ってくれた。その好意に素直に甘える事にした。彼ならばそれが出来るという確信があった。


 ザガートとルシルは恋人のように体をくっつけて肩を抱き合うと、そのまま村の外に広がる荒野へと歩き出す。村人達の声援を背中に受けながら、次なる目的地のヒルデブルク城に向かう。


 これから過酷な旅が待ち受ける事は想像にかたくない。だが二人の心に不安は無い。

 この先どんな困難が待ち受けようと、自分一人じゃない……愛しい人と一緒なら、どんな苦難も乗り越えられる。そんな気持ちが彼らの中にあった。


 二人の晴れやかな旅路を祝福するように、太陽が燦々さんさんと照り付けていた。

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